嘘は溺愛のはじまり


――私、一体どうしちゃったんだろう。


こんなこと、今まで一度もなかった。

そんなことが私に起こるわけなんて、なかったから――。


気のせいだ。

私が誰かをこんな風に思うのは、きっと、初めて来たお店で少し緊張しているからだ。


だけど、…………。


――私は、自分の中にわき上がった感情が何なのかをどうしても確認したくて、翌日も同じ時間にそのカフェに足を運んだ。

マスターは私のことを覚えていてくれて、「また来て下さって嬉しいです」と嬉しそうに顔を綻ばせてくれている。

ドリップしたばかりの熱いコーヒーに小さく息を吹きかけて慎重に口に運ぶと、口内がほろ苦い味と芳醇な香りで満たされてしあわせな気分になる。


「……おいしい」


思わず口をついて出る言葉に、マスターは嬉しそうに微笑んだ。

穏やかな空気が漂っていて、本当に素敵なお店だな。

一日の労働のご褒美に、たまには少しだけ贅沢な時間を過ごすのも良いのかも知れない……。

ふとそんな風に思い、やっぱり昨日から私はどうかしてしまっているんだと自覚する。

ようやく少し飲みやすい温度になってきた茶褐色の飲み物をコクリと喉に流し込んで、このお店に来てから自分に起こっている変化の数々を考えてみる。


やっぱりあの気持ちは――――。