「恋人と幸せそうにしているところを見れば、母もきっと安心すると思うんです。……引き受けてくれませんか?」

「……分かりました」

「良かった。ありがとう、助かります。じゃあ、よろしくお願いします」

「あ、はい、えっと、こちらこそ……」

「あ、そうだ。これからはお互い、下の名前で呼びましょう」

「えっ」

「だって、一緒に住んでいる恋人同士が苗字で呼び合ってるのは、変ですよね?」

「まあ、そう、ですけど、」

「じゃあ俺のこと、下の名前で呼んでみて?」


花でも咲いてるんじゃないかと思うような美しく麗しい笑顔を向けられると、心臓が、ドキドキしすぎて……苦しい……。


「……い、いぶきさん…………」


掠れそうになる声で小さく口ずさむと、篠宮さん――いや、伊吹さんは嬉しそうに目を細めた。

これはもちろん演技なんだと思うけど、名前を呼ばれてまるで本当に心から喜んでいるかのように見えてしまうから、本心なのではないかと勘違いしてしまいそうだ。

そんなわけないって、もちろん分かっているけど……。


部屋のチャイムが鳴る。

伊吹さんのお母様が部屋の前に到着したのだろう。


まだ若干混乱したままの私に向かって微笑んだ伊吹さんは、スッと手を差し出した。

その仕草の意味が理解できずに首を傾げる私に「手を」と言いながら、もう一度私へと差し出す。

私がおずおずと手を差し出すと、私から重ねる前に伊吹さんの大きな手が私の手を下からキュッと捕まえた。