部屋の奥にあるウォークインクローゼットはびっくりするぐらい広くて、私の少なすぎる手持ちの服では10分の1さえも埋まらなかった。
「これを渡しておこうと思って。これが部屋の鍵で、こっちがマンションのカードキーです」
私は「はい」と頷いて、二つを受け取る。
個室の鍵はわざわざ付けていただく必要はないと一応言ったんだけど、篠宮さんは律儀に取り付けてくれたらしい。
余計な工事をさせてしまって、なんだか申し訳なかったな……。
午後から引っ越してきて、時刻はそろそろ夕方になろうかという頃だ。
長年の習慣とは恐ろしいもので、他に気を取られていても私はしっかりと今日の夕飯のことを頭の片隅で考えている……。
心の中でそっと笑って、キッチンをお借りする許可を取り付けていなかったことに気付いた。
「あ、の……、こちらでお世話になってる間、キッチンをお借りしても良いですか?」
物心ついてから今日まで、私が台所に立たなかった日はない。
物価の高い東京でのひとり暮らしで貯金しようと思ったら自炊して節約するのが一番だったから、外食なんて友達と遊びに出かけた時ぐらいだった。
「キッチン……? ええ、もちろん構わないですよ」
篠宮さんは少し驚いた表情で私を見下ろしていた。
この人は自炊なんてしたことないんだろうな、なんたって御曹司だし。



