バスルームでひとり身体を洗いながら、今晩をどうやって乗り越えるのかを考える。
いや、乗り越えるのは無理かも知れない。
たとえどんなにベッドが広くても、そんなに近い場所で眠るなんて……無理な気がする。
今夜は眠れるだろうか……。
――お風呂から上がると、伊吹さんが「ん、髪、ちゃんと乾いてるね」と言いながら私の髪をスルリと梳いた。
あたふたする私をリビングに残し、伊吹さんが寝室奥のバスルームへと消えていく。
……こ、こんなの、まるで本当の恋人同士みたいだ。
伊吹さんは、お母様の前だから“恋人の演技”をしているだけだって分かっていても、どこか錯覚してしまいそうなぐらいに優しく、熱の籠もった瞳で見つめてくる。
だめだと分かっていても伊吹さんへの気持ちを抑えられなくて、ドキドキが加速して、そして、切なくなる。
伊吹さんは私のことを好きなわけじゃない。分かってる。
そんなことは承知の上で、この同居を決めたはずだ。
寝る前に少しお母様と三人で歓談しているけど、徐々に近づくその時に、少しずつ緊張も増していく。
お母様が「私はそろそろ失礼するわね」と客室へと去ると、いよいよ、……。
「俺たちもそろそろ寝ようか」
「……はい……」
端と端で眠るだけ……、たいした事ではないはずだ。
伊吹さんがソファから立ち上がり、私の手を取る。
お母様はもう客室へ行かれた。だからもう演技をする必要はない。
それなのに、伊吹さんは甘く微笑んで、私を寝室へといざなう。
今夜はきっと、眠れない夜になる――。



