脱衣所から出ると、リビングの方から何やら話し声が聞こえてくる。

……ああ、お母様がテレビでも見ているのかな。

そんな風に思って、リビングの扉を開いた。

すると……



「ただいま、結麻さん」



ここにいるはずのない人が、私を見て優しい顔で笑っていた。


「い、ぶき、さん……?」


なぜ……?

出張から帰ってくるのは、明日の夕方か、夜になるって聞いていた。


「商談が思いのほか上手くいって、あとはトップ同士の親睦を深めるだけだと言うので、先に帰ってきました」

「あ、お帰りなさい、びっくりしました……」

「うん、そうみたいだね。ただいま」


話し声がするのはテレビのせいだと思っていたから、本当にびっくりした。

嬉しいとびっくりが一度に私に押し寄せて、ものすごく変な顔になってしまっているかも知れない。

でも、頬が緩むのを止めることは出来そうになかった。


伊吹さんは目を優しく細めて、私の方へと手を伸ばす。

大きくて優しくて温かい手が私の手を取って、私をゆっくりと近くへ引き寄せた。

少し縮まる距離に、私の心臓はドキドキと急激にうるさくなる。

伊吹さんの長い指が私の指を絡め取り、私の心臓はますます激しく鼓動した。