シンガポールの今日の気温を調べようとスマホを手に取ったところで、スマホが急にバイブレーションを始めた。

びっくりして、スマホが手から滑り落る。

ポスッと可愛い音を立ててふかふかの柔らかいソファの座面へと落下したスマホは、その画面に煌々とした光をたたえていた。


表示を確認した私はそれを大慌てで拾い上げ、通話ボタンをタップする。


「はい、」


慌てすぎて、緊張しすぎて、声が上ずってしまう。

それとも、酔っているからなのか……。


『結麻さん』


……あぁ。

伊吹さんの声、だ……。

機械を通して、一番聞きたくて、最も心地良くて、このままずっと聞いていたい声が、私の鼓膜を振るわせる。

この小さくて四角くて薄っぺらな機械がこんなにも素晴らしいものなのだと、いま初めて知った気がする。


『いま、家? 少し話しても大丈夫ですか?』

「はい、大丈夫です」


どう考えたって、きっとあちらの取引先との会議とか会食とかで、伊吹さんの方が忙しいはずだ。

それでも私の都合を聞いてくれるのはあまりにも伊吹さんらしい。