マンションのエントランス前で立ち止まり、奥瀬くんに頭を下げた。
「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして。専務の出張中に若月に何かあったら、マジで俺の出世に響くからな」
「だから、そんな関係じゃないってば」
「ほら、早く中に入れよ」
「……うん。ありがとう」
エントランスの自動扉をくぐり、オートロックの扉にカードキーをかざす。
振り返ると、奥瀬くんはまだその場に立ったままだった。
私が小さく手を振ると、ふ、と笑って、手を振り替えしてくれる。
施錠されてしまう前に、私はオートロックの扉をくぐった――。
ひとりきりの伊吹さんの部屋は広すぎて、あまりにも寂しいと感じてしまう。
まだたった、1ヶ月と少ししか、一緒にいないのに。
――伊吹さんは今頃、どうしているだろうか。
少し酔いが回った頭で、伊吹さんのことをぼんやりと考える。
明後日のお帰りは、夕方か夜だと言っていた。
シンガポールは東京よりずっと南だし、暖かい夜なのかな。
外国へ行ったことがないどころか、生まれ育った地元と東京しか知らない私は、北半球は赤道へ近づくほど暖かくて北は寒い、と言う小学生レベルの机上の知識しか知らない。



