きっとあの人は、俺にいくら嫌われようがどうでもよかったんだろう。

自分が大切なものを守るために嫌われることなんて、なんでもないと思ってる。それを含めて考えれば、はなびへの気持ちは遊びでもなんでもない。



「ノアと千秋さんに、一緒に住もうってずっと声をかけられてたの。

千秋さんは「大事な人といつ会えなくなるかわかんないんだから」って。わたしを差し置いてノアと一緒に暮らすことに、ずっと罪悪感があったみたいで」



それをはなびは断って、それでもあの人のそばにいて。

これがややこしい関係性の、すべて。



「わたし、ノアに未来なんて求めてないのよ。

今そばにいられるなら、ただそれだけで、十分だったの。ノアには"彼女"って存在が必要で、それがわたしじゃなきゃいけない理由はない」



「それは……違うと思うけど」



「ううん。

わたしにしかもう縋れなくなってしまっただけで、わたしじゃなきゃいけない理由はない」



先輩は本気ではなびのこと好きだと思うけど、と。

いくら伝えても彼女がそれをわかってくれないような気がするのは。自分を削っているのが、はなびも同じだったからだ。




「わたしは、ノアの特別じゃなくていいの。千秋さんとのいちゃんの幸せを優先してくれればいい。

有難いことにノアのお母様にわたしは気に入ってもらえてるけど、ふたりが幸せになれないならノアとは結婚しませんって宣言してるくらいよ」



はなびが、ふっと息を吐いて。

それから「正直に言うとね」と声のボリュームを、わずかに落とした。



「わたしの両親は貿易関係の仕事をしていて、役職もそこそこよ。

娘を一人暮らしさせて、買い物はこれを使いなさいって渡されてるカードで自由に買い物をしても怒られないくらいには、裕福なの」



「……うん」



「だから、ノアが助けて欲しいならいつだってわたしの両親は手を差し伸べてくれる。

だけどノアはそれを望まないし、わたしだってノアの望まないことはしない。だから、千秋さんとノアの生活を、ずっとそばで見てることしかできなくて」



はなびの視線が、こっちを向く。

それに気づいて顔を上げれば、涙を浮かべたはなびが綺麗に笑った。儚くて触れれば消えてしまうんじゃないかと思うほど、綺麗に。



「椿に再会するまでは、それでよかったのに。

強引に閉じ込めた『寂しい』って気持ちに、勝てなくなって、」