バカ恋ばなし

そして、石家先生がP町滞在最終日である12月30日が来た。私はいつも休日では昼過ぎまでベッドで寝ていて用事がない限り午前中起きて行動することがめったにないのに、その日は石家先生の引っ越しお手伝いという大事な予定が入っていたので、8:30頃パッと目を覚ましてベッドからむくっと起きた。
(今日で先生帰っちゃうんだな……)
そんなことが何度も頭を過りつつ、私は階段を降りて洗面所へ向かい顔をバシャバシャ洗った。
2階の自室に戻ってモスグリーンのセーターとブルーのストレートデニムに着替え、グレーのピーコートを羽織って茶色のポシェットを肩にかけて玄関に向かった。
「ねぇ、朝ご飯くらい食べていけば?」
居間の方から母親が大声で言ってきた。私は「うん。」と返事をしながら居間へ向かい、テーブルに置いてあるこんがりきつね色にトーストされバターが塗られている食パンをサクサク食べた。そして白いマグカップに入った紅茶を2口飲んだ。
「昼過ぎに帰ってくる。」
私は玄関の上がり框に座ってスニーカーを履きながら母親に言った。
「お昼はどうするの?」
母親は廊下を歩いて玄関に向かいながら私の背後から言ってきた。
「友達と食べてくる。」
私は家族には石家先生のことについては内緒にしていた。今日のことは「友達と会ってくる。」と親に言っていた。
「じゃあ、行ってきま~す。」
私は玄関ドアを勢いよく開けて外に出た。車に乗り込みエンジンのスロットルを回した。エンジン音が心地よく響いた。
病院へ向かう道中、先生とまた二人きりで会えること、引っ越しのお手伝いだが先生の役に立てて、何だか自分が先生にとっての特別な存在になっているのかなぁ~といった感じを抱き、ワクワク嬉しい気持ちと
(先生とこうやって会いに行くのはこれが最後、寂しい……)
という思いが交差して私の頭をグルグルと回っていた。カーステレオから流れる軽快なJポップはあまり耳に入ってこなかった。思いがグルグル回っているうちにⅮ病院裏の医師寮前に到着した。
車から降りてすぐに石家先生のいる1階フロア左端の部屋に向かった。ドアの前に立って1回軽く深呼吸をしてからノックを3回した。
「こんにちは、丸田です!」
ドアがガチャっと開いて石家先生が爽やかな笑顔で出てきた。髪の右サイドに少し寝ぐせが付いていた。グレーのトレーナーにブルーのデニム姿が長くスラリとした長い脚を強調していた。