バカ恋ばなし

この日を境に、私は出来る限り石家先生に好印象を抱いてもらえるように、病棟内で会う度に微笑みかけながら挨拶をしていった。 そうすることで“明るくて可愛いい自分”を演出できるようにしていき、彼に好感を持たせるようにしていくという私なりの算段だった。いつもは朝方仏頂面でナースステーションに表れるのが恒例だったのに、朝からフワッとニヤけた笑顔で「おはようございま~す。」と元気よく挨拶しながらナースステーションに現れるようになった。
「丸ちゃ~ん、最近ニヤニヤしてるよねー。イイことあった?」
「ついに彼氏でもできたのか?」
北島さんや、高木さんから鋭い目つきで冷やかしが入る。
「いやあ~そんなことないですよぉ~。」
私はニヤついた笑顔で返事をした。
「本当~?いつも仏頂面なのに最近何だか楽しそうじゃん。」
北島さんは上目遣いで私の顔を覗き込み、探るように言ってきた。
「そ、そうですかぁ~?」
私はドキッとしながらも笑って返事をした。
(もしかして、あのおばさんに私の心を見透かされているのか?)
「ま、前の仏頂面よりは良い感じだからいいじゃん。」
北島さんはそう言いながらナースサンダルをスカスカと擦れた音を立てながら休憩室の方に歩いて行った。
(余計なお世話だ、ババア!)
私は北島さんの猫背な背中に向かってベぇ~っと舌を出した。
石家先生は常に病棟では穏やかで、患者に対しても常に穏やかに説明・対応をしていた。そのため、早くも患者や妊婦、褥婦たちから人気があった。
「ねぇ、先生は東京から来たの?大変だねえ。」
「研修医なんだって?でもとてもしっかりしていていいよねー。」
「先生、あんたイイ男だねぇ~。東京に可愛い恋人が待っているんでしょ?」
石家先生は、廊下や病室で患者や褥婦たちからよく声を掛けられ、その都度あの爽やかな笑顔で丁寧に答えていた。緊急分娩の時彼は、人一倍緊張と不安を強く抱いているにも関わらず、妊婦や周囲にいるスタッフを少しでも安心させるために、努めて冷静に対応していた。
「僕、本当はとても緊張して不安だったけど、僕が緊張して不安になると、周りのみんなも不安になってしまうから、そんなことがないように何とか心を落ち着けていたんです。」
石家先生は分娩終了後、高木さんにこう漏らしていたのを聞いた。そんな周囲への心配りがしっかりできる彼に、私は人としてますます好意を抱いて行った。その好意はすぐに恋心へ変わっていった。
「穏やかでやさしくて、周りの人への心配りもできて、しかも医者。実家は産婦人科病院を経営しているんだよね。将来有望な彼と付き合って結婚できたら最高な人生が送れるだろうなあ……」
私の中で、石家先生という医者と恋愛・結婚するといった、何とも図々しくていやらしい将来の展望が頭の中を過った。私は早くから結婚願望が強くあり、一生独身でキャリアウーマン一直線という人生は絶対送りたくはないと思っていた。
「20代のうちに素敵な旦那さんをゲットして恋愛結婚し、素敵な専業主婦ライフを送るんだ!!」と強く思っていた。22歳である私の目の前に石家孝俊という理想の男性が現れたものだからもう結婚を意識しないわけにはいかなかった。
「これは運命の人との出会いだ!結婚へのチャンスが到来した!」