バカ恋ばなし

下向きな気持ちのまま産婦人科病棟で業務をこなし続けて半年近く経つ9月頃だった。朝の申し送りの最中に、産婦人科医長である喜屋武教授が若い男性医師を連れてナースステーションに入ってきた
「今日からうちの産婦人科に研修医として来た石家孝俊先生だ。石家先生は東京の本院から来た。
研修期間は12月末までの予定だ。みんなよろしく頼むよ。」
「本院から研修に来ました石家です。4か月間しっかり学んでいきたいと思います。よろしくお願いします!」
その男性研修医はまっすぐな目をこちらへ向けながらはっきりとした口調で挨拶をした。
研修医である石家 孝俊先生は、身長180cm以上あり、(実際は182cmと判明)スラリとしていてスタイルが良く、爽やかな面持ちで清潔感があった。穏やか表情はいかにも育ちの良さを醸し出していた。
例えて言うなら恋愛ドラマではヒロインが恋する相手役で出演している俳優のような感じだ。
(何か……いい感じの先生だなぁ……)
私はぼーっと彼の爽やかな顔立ちを眺めていた。
(あんな素敵な先生と仲良くなれたらいいなぁ……)
私は心の奥底で呟いた。
仲良くなりたいと思うのは皆一緒のようで、重鎮である米倉主任や鬼軍曹の北島さんと高木さん、あの極悪田島先輩がここぞとばかりに石家先生へ接近してきた。
「石家先生は東京から来たんでしょう?何でこんなクソ田舎の病院を研修場所に選んだの?」
「教授からの命令なんで。」
「先生は歳いくつ?」
「28歳です。僕、ドイツへ留学をしていたのと浪人もしていたので、大学への入学が遅れてしま
ったんですよ。だから同期は皆、自分よりも若いんですよ。」
「へえードイツへ留学だなんて凄いね!じゃあドイツ語はペラペラ喋れるんだね。」
「まあ一応は。でも昔のことなんでちょっと忘れちゃっているところもあります。」
「実家は開業しているんでしょ。」
「はい。産婦人科医院を経営しています。」
「スゲエなあ!じゃあ先生って、いずれは実家を継ぐんでしょ? 」
「はぁ……まあいずれはそうですね。でも大分先の話ですよ。」
「んじゃあ将来次期医院長だ!凄いわぁ~」
重鎮達は、勤務中にもかかわらず石家先生の周りを囲み質問攻めにしていた。石家先生は穏やかで話しやすい印象なので、重鎮達は初対面なのにほぼタメ口で容赦なく次々と質問をぶっ込んでいった。離れた場所から見るとその様はハイエナの様だった。でも石家先生はハイエナ重鎮達の下品さが漂う質問にも穏やかな表情で答えていた。私は、そんな彼らのやりとりの様子を傍でバイタルサインの記録をしながら聞き耳を立てていた。ジャンボ助産師高木さんが、石家先生に身体をすり寄せながら直球質問をしてきた。
「ねえ石家先生はさぁ、今付き合っているカノジョはいんの?」
(!?!?!?)
私は驚いて顔を上げた。
(うわーこのおばさん何てことを聞いてんだか……)
私は顔を上げてボールペンを動かす手を停めて石家先生からの答えを待った。
(こんな爽やかだからきっと女医やCAみたいな才色兼備なカノジョはいるよね……)
「いや、今はいないんですよー。」
(えっ!?)
「嘘だあ~ホントはいるんでしょ?絶対いそうだもん。バンバン合コンしているんでしょ?ねえ。」
高木さんは石家先生の背中をバシバシと叩き、ガハハと笑いながら言った。
「いやあ、本当にいないんですよー。」
石家先生は頭をかきながら少し照れた感じで答えた。
「へぇ~そうなんだぁ。じゃあ今は彼女募集中かな?」
「いや、今は研修中なんで……」
「そうか~、ま、研修中は忙しいもんねぇ~」
そう言って高木さんはガハハと笑いながらナースステーションを去った。そんな二人のやり取りを眺めながら、私は心の中で呟いた。
(少しは仲良くなりたいなあ……)