バカ恋ばなし

配属1か月後のことであった。Ⅾ病院では年1回、看護部全員で病棟の垣根を越えて親睦を深めることを目的とした旅行があった。
「あんたたちは新人だし当然参加だからね。」
昼休憩のとき、ヒール役女子プロレスラー並みの強面を持つ米倉主任が真顔で私たち3人に言い放った。その後に続くかのようにあの極悪田島先輩が
「あたしだって新人のときは行かされたんだから、あんたたちも行かないとだめだよねえ。」
と余計すぎる一言を被せてきた。そのおかげで私たち新人3人と米倉主任、超個性強く変わり者のベテラン助産師高木さんの2大強烈キャラの面々で親睦旅行へ参加することになった。土日の貴重な休みを犠牲にしての接待旅行なので集団行動が苦手な私にとっては正に地獄であった。
旅行当日はとても恐ろしかった。まず観光バスに乗り込み出発して数分後、後部座席にドカッと居座っていた米倉主任が「カンパ~イ!」と声を張り上げて缶酎ハイをプシューっと開けだした。
(嫌な予感しかしない……怖い怖い怖い!)
バス車内では後部座席から派手なおしゃべりとゲラゲラとした笑い声がけたたましく響いていた。観光バスに乗ると速攻車酔いをする私はバスの中で爆睡をかまそうと思ったが、全然寝れなかった。
出発して30分後、米倉主任が運転席に向かってでかい声を張り上げた。
「ちょっと運転手さん!トイレに行きたいから、どっかで止めて!」
彼女の顔色は茹でた蛸のように赤くなっており、既に目が座っていた。ガイドさんと運転手さんは「そんなこと言われても」と言わんばかりにかなり困惑をした表情を見せていた。
「今、停車する場所を探しています。それまでお手洗いは大丈夫でしょうか?」
ガイドさんは少し慌てた口調で聞いてきた。
「えぇ~っ?まだかかるのぉ?我慢できるかどうかわからな~い!早くトイレに行きたいんだよ~!ねえ、運転手さん、早くトイレのある場所に停めてよぉ~!」
米倉主任はデカい目をギョロっとさせて車内に響くデカい声でガイドさんに言ってきた。私は初めて質の悪い酔っ払いを目の当たりに見た。
数十分後、公園らしき場所の駐車場へバスが駐車した。米倉主任と一緒に酔っぱらっていた他病棟の中堅看護師数名はバスが駐車する数分前にはもう我慢の限界とばかりに席から立ちあがり、出入り口のステップ前で両足を捩りながら立っていた。そして自動ドアが開くと同時に鉄砲玉のごとく公衆便所の方向へ駆け出した。観光バスの旅行では、トイレ休憩というと高速道路沿いのパーキングエリアに駐車するのが常であると、私はそう思っていた。イレギュラーな事態が生じたがためにパーキングエリア以外の場所に駐車して、しかも公園の駐車場へ駐車して急遽トイレ休憩をしたのは私にとって衝撃であった。旅行先での恐怖が徐々に増してきた。
「いやあ~危なかったよ。おしっこしたくてもう玄海灘(限界)だったからなあ。ワリィな!」
トイレから戻ってきた米倉主任と中堅看護師数名はスッキリしたーと言わんばかりに真っ赤な満面の笑顔でバスに乗り込んできた。