バカ恋ばなし

石家先生が帰ってきたのは深夜2時45分を回っていた。
「ただいま……」
帰ってきた先生の表情はどよーんと暗く、顔色は真っ青だった。石家先生は靴を脱いでダウンジャケットを着たまま私がいるベッドの脇まで来てドカッと腰を下ろした。
「丸ちゃん、話したいことがある。」
「えっ……何?」
私はベッドから上半身を起こしながら何だか嫌なことが起こりそうな予感を悟りつつ恐る恐る小声で返事をした。怖くて胸のドカドカという音が耳元まで響いてきた。
「実はね……俺付き合っている人がいるんだ……」
「えっ?」
私の胸はドキッと思いっきり強く高鳴り、ギューッと締め付けられるような感じが襲ってきた。石家先生の両目はウルウルとしており、鼻先が赤くなっていて今にも涙が出てきそうな顔をしていた。
「それ……本当ですか?……」
私も胸がカァーっと熱くなり、目頭と鼻がツーンとしてきて今にも涙が出てきそうだった。
(噓でしょ?嘘だよね……)
「うん……本当だよ。」
石家先生は頭を少し下げて俯きながら小声で答えた。
「今日会ったのは、そのことを丸ちゃんに言うためもあったんだよ。」
石家先生は俯いたまま話した。そのことを聞いて私は言葉を失い、数秒間沈黙が続いた。
「好きな人ができたなんて……いつから付き合っているの?」
私も頭を下げて俯いたまま、少しかすれた声で聞いてみた。
「こっちに移って1か月くらい経った頃かな。」
「相手は?看護師さんなの?」
「いや、同じ救命室にいる先輩の女医さんだよ。」
「そうなんだ……ちなみに、以前私と会っていたときにはもう知り合っていたの?」
私はショックのあまりタメ口になってしまった。
「あぁ……でも付き合いだしたのは丸ちゃんと会ったすぐ後くらいからだね。」
「じゃあ、その女医さんはよくこの部屋に来ているの?」
「うん……」
石家先生は震えた手でテーブルにある煙草の箱から1本とって口にくわえた。震えた手で100円ライターを持ってシュポっと火を付けて吸い、フゥーっと口から白い煙を吐いた。煙草を持つ手は震え続けていた。
「私じゃ先生のこと、満足させることができなかったかなぁ……?」
私は頭を下に向けたまま石家先生に尋ねた。目から涙がじわーッとにじみ出てきて頬を伝ってきた。
「いや……そんなことはないよ……」
石家先生はウルウルした目をしながら弱弱しい小声で言った。
「遠距離だから?ちゃんと最後までいかなかったから?」
「まぁ、そうだね……距離が遠すぎた。」
また二人の間に数秒間沈黙が広かった。
「ここで先生に振られるなんて……辛いよ……」
目からは生ぬるくてしょっぱい涙がジワーっとあふれていた。私は辛さと悔しさと恥ずかしさで胸が押しつぶされてしまい、ベッド上に仰向けになって顔を両手で覆った。
「丸ちゃんには申し訳ないと思っている。ごめんね。」
石家先生はそう言って煙草を吸殻こんもりの灰皿で擦り消した。先生の目はずっとウルウルしていた。
『ピロピロピローピロピロピロー』
静まった部屋に電話の呼び出し音が鳴り響いた。
「もしもし……ああ……言ったよ……もう終わったよ……これからそっちへ行く。」
電話の相手は話に出た石家先生と今付き合っている女医だとすぐに分かった。どんなことを話しているのかわらないが、受話器からは激しい口調で話している女性の声が所々少し漏れていた。
(私に別れを告げるように指示したのはあの女医なのか?)
私は両手で顔を抑えつつも石家先生と女医であろう女性が電話で会話をしているのをジッと聞いていた。
石家先生は受話器を置いた後、スッと立ち上がって玄関ドアの方へ歩いて行った。
「彼女のところへ行ってくる。今日は戻らないから朝までここにいていいよ。帰るときは鍵かけないでそのまま出て行っていからね。」
そう言って石家先生はドアを開けて出て行ってしまった。