バカ恋ばなし

「俺、学会の準備を途中で切り上げて来たから、家に持ち帰ってやらなきゃならないんだよ。だから丸ちゃん、勝手にシャワー浴びてそこのベッドで寝てていいからね。」
石家先生はブルーのリュックサックから筆記用具とレポート用紙、数枚の資料や分厚い本を数冊取り出してテーブルに広げだした。
「あ、はい……じゃあ、シャワー借ります~」
私はショルダーバックから下着やタオル、寝衣替わりの白色長袖Tシャツとグレースパッツを出してユニットバスへ向かった。ドアを開けるとやはり以前と同じく、乱雑にシャンプーや歯ブラシ、髭剃りが鏡の前にごちゃっと置いてあり、浴槽や壁はカビの黒い点々が所々見られていた。トイレに入り、ささっと熱いシャワーを浴びた。シャワーを浴びているときに、ドアの向こうから「ピロピロピロー」と電話の呼び出し音が2回鳴ってそのあと石家先生が「もしもし~」と話しているのが微かに聞こえたが、その後の会話はシャワーの音でよく聞こえなかった。私は身体を拭いて髪の毛をドライアーで乾かし、Tシャツとスパッツに着替えてドアを開けた。石家先生は煙草を口にくわえて少し険しい顔つきで資料を見ながらレポート用紙に鉛筆でスラスラ書き、書いては消しゴムで消して書いては消してを繰り返していた。石家先生の周囲は煙が充満しており、部屋の中は一層煙草の臭いが強くなっていた。灰皿の上はこんもりと吸殻が盛っており、隅で煙草を擦り消したのか隅から白い煙が1本の棒のように立っていた。
「先にお風呂いただきました~」
私は石家先生の邪魔をしないようにそろりそろりと部屋を横切り、ソファーベッドの上に座った。
(先生、大変そうだな……何だかお邪魔しちゃって申し訳なかったかな……)
煙草をスパスパ吸いながら学会の準備でカリカリと書き物をしている石家先生の背中を見ながら私は申し訳ない気持ちになった。私は先生の邪魔をしないように黙ってベッドに横たわった。時計の針は深夜0:00を回っていた。
「ちょっと煙草を買ってくる。」
石家先生は無表情のままいきなり立ち上がり、床にある赤いダウンジャケットを羽織り、お財布をポケットに突っ込んでアパートのドアに向かい外へ出てしまった。石家先生のいない部屋はシーンと静まり返った。そのままシーンと静まり返った部屋で私はソファーベッドに横たわりながら石家先生の帰りを待つことにした。
「すぐに戻ってくるかな……もしかして、今日は何もせずに終わっちゃうのかな……」
私は以前のようなロマンチック(?)な夜を過ごせるかと期待していたが、雰囲気からそれは難しそうで、今回は何も起きないのかと多少不安と寂しい気持ちが渦巻いてきた。そして少しずつ胸もトキトキと鳴っていた。私は、寝る前にトイレに入っておこうと思ってトイレへ行った。終わって出てきたときにふと足元を見てあるものを見つけてドキッとした。それはフローリングの床に落ちていた約20cmほどの長い茶色の髪の毛2本だった。
「あれ?これって……女の人の髪の毛?」
何だか不安な気持ちで胸がトクトクと早く鳴ってきた。ベッドに横になっても当然休めない。それに30分、1時間、2時間と待っていたが石家先生はなかなか帰ってこない。
「煙草を買いに行くって言って帰ってこない……どうしたんだろう……?」
待てど待てど石家先生が帰ってこないことに、私の不安は強くなり、胸がドクドクと強く鳴った。