バカ恋ばなし

あのステキな再会後、石家先生からは一切連絡はなかった。
「先生、忙しいから仕方ないよね……」
私はそう言い聞かせていた。救命救急部は緊急性があるため多忙だし、先生も医師としての学びで日々勤務に励んでいる。そういうことなのであまり先生の仕事の邪魔はできない。むやみに連絡して先生の邪魔をしてはいけないし、しつこいと思われて先生に嫌われたくない。私は電話をしたい、先生の声を聞きたい気持ちをグッとこらえてタイミングを待つことにした。
1か月近く経った2月末頃、私はまた思い切って石家先生に電話をしてみた。
「トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……トゥルルルルルルルル……トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……」
(先生、まだ家に帰ってきてないのかな……)
時計は19:00を回っていた。受話器から何度もなり続ける呼び出し音を聞き、私はいったん受話器を置いてハァーっと溜息をついた。連絡が取れないこと、または先生からもこちらへ連絡がないことで私はなんだか不安な気持ちになった。
(まだ病院から帰ってきていないよね……少し時間経ってから電話してみようかな。)
お風呂に入った後、21:00を回ってから私はもう一度石家先生の電話番号でかけてみた。
「トゥルルルルル……トゥルルルルル……トゥルルルルルル……」
(やっぱりいないのかな……)
私は受話器を持つ左手にグッと力を入れた。
(お願い!電話に出てほしい……)
私の胸はドキドキと鼓動が早く鳴っていた。緊張の波が押し寄せてきているのを感じた。
「トゥルルルあ、もしもし。」
呼び出し音の途中で石家先生は少し慌てたような感じで返事をしていた。
(やったぁ!先生の声だ!)
私は右手をグッと握ってガッツポーズをとった。その瞬間、緊張のドキドキが更に強くなった。
「先生、夜分すみません。丸田です。」
「あぁ、丸ちゃん。ごめんね、今帰ってきたばかりなんだよ~。」
「先生、かなり忙しくなりましたか?」
「あぁ、まあね。急患が多くて参ったよ~。」
「お忙しいところ本当にすみません。先生どうしているかなと思って。」
「そうかそうか。ありがとう。」
「あ、先生へこの間のお礼を兼ねてお手紙を書いて送ったんですけど、届いてますか?」
「え?手紙?」
「はい。3週間くらい前に送ったんですけど……」
「あ、そうなの?ごめん、気付かなかった。ここんところかなり忙しくて、帰りが遅かったから郵便物とかマジマジとみていなかった。ホントごめんね。」
石家先生は少し焦った感じで返事をしていた。
(読んでなかったんかい!)
私は石家先生が手紙を読んでくれていなかったことに軽くショックを受けた。先生は救急救命部で激務をこなしているから疲労困憊な状態で家に帰っているから仕方ないと思いつつも、やっぱり少しショックだった。
「先生の仕事が落ち着いて時間に余裕があるときに読んでみてくださいね。」
私は心の中で軽く一息ついた。
「あの……忙しいところでなんですが……」
私の胸はドクンと大きな鼓動を響かせていた。
「……」
「もしよければまた先生に会いたいなぁと思って……」
「……」
受話器の向こうが一瞬だけ静まり返った。
「あの……やっぱりだめですか?」
胸の鼓動がドクドクと強く鳴り響き続けていた。
「……いや、別にいいけど。でもあまりゆっくりできないかも。」
「別に大丈夫です!先生にお会いできればそれでいいし……」
「……わかった。」
石家先生は少し弱い感じで返事をした。
「じゃあ、先生いつご都合が良いですか?」
私は少し裏返った声で聴いた。
「そうだな……今度の金曜日なんてどうかな?その日は当直ではないし。」
「わかりました。私その日は日勤だけど伺います。前と同じで19:00頃S駅西口ですか?」
「そうだね……遅くなるかもしれないからそのときは駅で待ってて。」
「わかりました。では金曜日に。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
ブツン。受話器の切れる音が聞こえた。私はフゥーっと息を吐いて受話器を置いた。
「よかったぁ~」
私はグタぁ~っと壁にもたれかかった。緊張がフワぁ~っと身体から抜けていく感じだった。何とか会う機会を作ることができたことに一安心した。でも以前と違って電話口の先生の声が心なしか元気ないのと、歯切れの悪い感じの話し方だったことがほんのちょっぴり気になった。
(先生に迷惑をかけているのかな……本当は会わない方が良いのかな……)
そんな思いが一瞬頭の中を過った。
(でも、また会ってくれるから大丈夫!嫌いなら会ってくれないと思うし……大丈夫大丈夫!またあのときのようにステキな夜を過ごせるよ!)
私は自分でそう言い聞かして、自室に戻ってフカフカでぬくぬく温かい布団を頭まで被った。
布団の温かさと心地よさでいつの間にか眠りについていた。翌朝ギリギリ起床にて間一髪で病棟に間に合い、米倉主任に「ギリギリだけど間に合ったなぁ~」と朝から嫌味のジャブを一発食らったのだった。