バカ恋ばなし

それから数秒間くらい経ったか、私たちは無言で窓の夜景を眺めた。場所はどうであれ、私の人生の中で、男性とこんなロマンチックなシチュエーションを迎えることは初めてなことだ。
(神様お願い!このまま時を止めてほしい!)
石家先生のポカポカした温もりと心地よい胸の鼓動を感じながら、私は本気で夜空のどこかにいるであろう神様に向かって心の中で強く訴えた。
「もう横になるか。」
「そうですね。」
私は窓際を離れた。石家先生は部屋の照明スイッチを消した。テレビ画像からの光のみ暗い部屋を照らしていた。私たちは敷布団に並んで横になった。テレビには音楽番組が映っていて、よくわからない男性3人組がヒップポップな感じで歌を披露していた(ように見えた。)石家先生は私のすぐ右隣に横たわって一緒にテレビを見ていた。そして起き上がってテーブルへ腕を伸ばして煙草の箱から1本煙草を取り出してライターでシュポっと火をつけて深く吸い込み口からフーっと煙を吐き出した。煙がテレビの青白い光に照らされてグニャグニャと宙に浮いていた。そんな煙草を吸っている大きな背中を見ながら私は先生へ気になることを質問してみた。
「救命部の看護師さんたちとは仲良くなりましたか?前に同期の看護師たちが優しいとか言っていたから。」
「ん?看護師さんたち?」
石家先生は煙草をまた吸い込み煙を吐きながらごろんと横になり、チラッと視線を私の方に向けた。
「そう。」
私は横になったままで先生の方を向いた。
「あぁ、まあ、同期は優しいけど、仲良くだなんてそんな余裕は全くないよ。ベテランは結構怖いよね~。何かピリピリしていて、俺が声かけると『何ですか?』って睨まれるんだよ~。もう怖くて声かけづらいよね。D病院のみんなは本当に親切でありがたかったよ。」
石家先生は視線をテレビの方へ向けながら答えた。
「D病院に戻りたいなぁ~ってつくづく思うよ。」
そう言って石家先生は軽く欠伸をした。
「そうですか……本院の看護師さんたちはやっぱり怖いんですね……先生、またこっちに戻ってくれればいいのに……」
私はテレビを観ながらボソッと呟いた。
(今のところ本院の看護師とは浮気する可能性は低いよね……ヨシッ!)
私は心の中で軽くニヤついた。時間は23:00を回った。部屋中の暖房が効いて心地よい暖かさになっているのと布団の上に横になっているので、段々眠気が襲ってきた。私もフワ~っと軽く欠伸をした。石家先生は起き上がってテーブルの上にある灰皿に煙草を擦り付けて消した。そして布団の脇に置いてあったテレビのリモコンを取ってテレビを消した。部屋中が暗くなり、高層ビルからの光がかすかに窓際を照らしていた。石家先生は私の上に覆いかぶさり、優しく唇にキスをしてきた。唇に触れたとたんに、口の中に煙草の苦い味がジワリと入ってきた。そしてシャツの上から右手で私の左乳房をギュッと掴んできた。そのとたん、私の眠気はスッと消え、ドキドキと自分の鼓動が耳元まで響いてきた。石家先生は、洋服の上から私の右胸やお腹、右太ももを撫でまわしていた。私は石家先生のポカポカ暖かい感触に心地よさを感じていた。そして先生は両手で私のシャツとスパッツ、下着を脱がせ、自分もスウェット上下とパンツを脱いだ。私たちはお互い全裸になって抱き合った。私の鼓動はドキドキと今までよりも最速で高鳴っていた。それと同時に石家先生の暖かくて心地よい手の感触を味わい、この上ない幸福感に満たされていくのを感じた。
(今日こそ私、先生と結ばれる!)
私は心の中で確信に似た思いが駆け巡った。今度こそ処女喪失して石家先生と結ばれる!その瞬間がやってきたのだ!
と、ここまでは良かった。ここまでは。
「いっ……痛い!痛い!」
私は痛さで身体を捩り、石家先生の胸を両手で抑えた。その後2回ほどトライをしてみたが、やっぱり痛くて最後まではいかなかった。
「……やめようか。」
石家先生は少し暗めの声で呟いた。私はどう返事をしていいかわからず無言になった。そして先生は私から身体を離して右隣で仰向けになった。その数秒後、スースーと寝息が聞こえてきた。
(やっぱり今回もダメだったな……)
私はちょっと残念な気持ちになった。でも石家先生の身体の温もりと感触をしみじみと味わうことができて、嬉しさで心が満たされていた。またもう1回先生の温かい感触を味わいたいと強く思った。そう思っているうちに私もだんだん睡魔に襲われ、気が付けば両目を閉じ、口を半開きにして眠りについていた。