バカ恋ばなし

「ご注文はお決まりですか?」
黒い膝下ワンピースに白いエプロンを身に着けた赤茶髪ショートカットで黒いアイラインをくっきり入れ、左鼻に金の小さな玉ピアスと左耳に大き目のシルバークロスのピアスを揺らせた、このレストランの上品さとはかけ離れたパンクな感じのウエイトレスの女性がテーブルに来た。
「僕は、生ビールと……あとサーロインステーキ180g。丸ちゃんは?」
石家先生はメニューから顔を上げて穏やかな表情をこちらに向けてきた。
「あ、私は……えっと……海老ドリアと……ウーロン茶でお願いします。」
私はまだ食べたいものが決まっておらず、モジモジしつつも思わず口から海老ドリアという言葉を発してしまった。
女性店員は間髪入れずに言ってきた。
「ではご注文を繰り返します。サーロインステーキ180g一つ、生ビール一つ、海老ドリア一つ、アイスウーロン茶一つでよろしいですね。」
「はい」
石家先生と私は頷いた。
「ごゆっくりどうぞ。」
ウエイトレスのお姉さんはテーブルにあるメニュー表を持ってテーブルから去った。
(言っちゃったよ……ハンバーグも食べたかった……)
私は、とっさに海老ドリアと言ったことをほんの少し後悔した。すぐにハンバーグへ注文変更すべきだったけど、石家先生が目の前にいる緊張と、あのパンクなウエイトレスのお姉さんの迫力に押されてどうしても言えなかった。
注文後、数秒沈黙があった。私は、目の前にいる穏やかな表情でたたずむ石家先生の顔をまともに見れず、目線を少し下の先生の顎あたりに向けた。緊張感が胸の中から襲ってきてトクトク胸が鳴るのを感じた。
「先生とは去年の12月以来ですね。」
私は、緊張しつつ石家先生の目をチラッと見ながら言った。チラ見だけど彼の表情は穏やかで少し笑みを浮かべていたように見えた。そんな彼の穏やかな表情に少しずつ緊張が和らぐかなぁと思ったが、やはり緊張のドキドキ胸打つ音は鳴りやまなかった。
「そうだね。丸ちゃんとは12月一緒にラーメンを食べて以来だよね。」
石家先生は穏やかな表情を崩さず返事をした。
「そうですね。……先生、お元気そうでよかったです。」
私は緊張しつつもニヤニヤ笑顔で返事をした。そのとき、例のパンクなウエイトレスのお姉さんが飲み物を運んできて私たちの前に置いた。
「じゃ、お疲れ様です!」
石家先生は生ビール、私はアイスウーロン茶の入ったグラスをそれぞれ手に持って乾杯をした。石家先生は生ビールをゴクゴクとグラス半分ほどまで一気に飲み、アーっと満足そうな微笑みを浮かべながらグラスをテーブルに置いた。まるでよくテレビで観るビールのコマーシャルのような感じだった。私はアイスウーロン茶をツーっとストローで一口チューっと吸って飲んだ。
「丸ちゃんも元気そうでよかったよ。他のみんなも元気にしているかな?」
石家先生は穏やかな微笑みを浮かべながら話した。彼の上唇の周りにはビールの白い泡が細い線のように沿って付いていた。
「はい。でも先生がいなくなってからは何だか活気が落ちてきた感じがしますよー。特に主任と北島さんは寂しがっていましたよ。」
「そうなんだ~。病棟はいつも活気があったからね~。主任なんかいつも勢いがあったしね。その勢いが結構見ていて楽しかったよね~。」
石家先生はお絞りで口の周りを拭き、ニッコリ笑いながら言った。
「そうですよね~。先生がいなくなってから極端に勢いが下がっているんで……先生のこと、結構気に入っていたそうだし。喜屋武先生はいつも『石家いなくなってから寂しいよな~。』と呟いていましたよ。」
私はニヤニヤ笑顔で言いながらまたストローでウーロン茶をチューチューと2口吸った。
「先生は今、救命救急部で勤務しているんですよね。」
「そうだよ。もう毎日がドタバタだよ~。」
石家先生はハァ~とため息をつきながら言い、一口ビールを飲んだ。また彼の上唇に沿ってうっすら白い泡の線がついた。
「救命だからかなり忙しそうですね。いつも夜遅いんですか?」
私はようやく真っ直ぐ石家先生の顔を見ながら言った。
「そうだね~。立て込んでいるときは夜中10時までかかるときはあるけど……今日は落ち着いていたから待ち合わせ時間に間に合ったよ。」
石家先生は、にっこり微笑みを浮かべながら言った。
「今日落ち着いていてよかったですね。」
私もその微笑みにつられてほんのり笑顔になった。そして今日石家先生の仕事が落ち着いてこのように再会することができたことは、何だか特別な縁を感じた。
(これは私たちが一緒になる“縁”なのかも……)
そんな思いがフワ~っと頭の中にジワジワと広がってきて、ほんのり笑顔からニヤニヤ顔に変わっていくのを感じた。目の前にはさわやか微笑みの石家先生がテーブルに両肘をついて佇んていた。