「どれだけ心配したか……」
吐息混じりでそう言う颯真の声は震えていて、千花は掴んでいた袖をさらに強く握りしめた。
「一緒に帰ろう。千花」
千花を抱き締める颯真の腕の力も一層強くなり、耳に届く声も悲痛なほど懇願する色味を帯びて聞こえる。
「だ…だって……、お姉ちゃん…」
涙が瞳に膜を貼り、ホーフブルク宮の城壁、装飾の美しい時計、行き交う馬車も少しずつ歪んでいく。せっかくウィーンまで来たというのに現実に引き戻される話題を出すのは苦しいが、それでも聞かないではいられなかった。
「お姉ちゃんが…帰ってきたんでしょ?颯くん、ずっと待ってたんでしょ?だから…私は、じゃ、邪魔になったらダメ、って…おも……っ」
「千花」
腕の力が緩み、くるりと身体の向きを変えられ向かい合う。千花はなんとか零れ落ちる涙を見られまいと顔を俯けるが、颯真に顎を持ち上げられ叶わなかった。
「も、離して…」
「離さない。離婚もしない。千花は俺のものだし、俺も…千花だけのものだよ」
視線を逸らすのを許さないというように真っ直ぐに見つめられ、胸が張り裂けそうに疼く。



