「荷物、置きますね」
玄関に置いたままだった荷物を、翼が運んできた。
「ああ、すまないな。ビール飲むか?」
「ええ、いただきます」

つまみもなしで、男2人ビールを空けた。
「寝ましたか?」
「ああ。人の気も知らずに夢の中だ」
「食べれてなかったし、眠れてなかったし、最近辛そうでしたから」
ふーん。
こいつは俺よりも紅羽のことを知ってる訳か。

「悪いが、気にかけてやってくれ」
色々と思う所はあるが、やはり頼れるのはこいつだけだ。
「わかりました。で、どうする気ですか?」
翼の探るような視線。

「それは、あいつが決めることだ」
人の言うことを素直に聞く女じゃない。
「先生はどうしたいんですか?」
それでも翼は食い下がる。
「俺は・・・ポケットにしまっておきたい」
「はあ?」
唖然とされた。

しかし、これが本心だ。
できることなら、このまま連れて帰りたい。
でも、できない。

「無茶をすれば、紅羽が紅羽でなくなってしまう」
「大変ですね」
「人ごとみたいに言うな」

彼女と同じ屋根の下に暮らす男友達。
世間から見れば非常識な関係なんだと思う。
俺自身もはじめは驚いたし、翼に嫉妬したこともある。
しかし、俺同様に外面のいいこの男の本性を知ってしまった今は、1人の良い友人として見ている。
この屈折した性格も二面性も俺と似ているし、紅羽にとっても居心地のいい存在なんだろう。

「俺は、どんな結論であっても紅羽の出した答えを受け入れる。自分で納得しなければ動かない女だから、気長に待つつもりだ」
「じれったいですね」

小馬鹿にするように言い、ビールを口にする翼。
そうかもしれないと、俺も思う。
でも、仕方ないんだ。

「こんなこと頼めた義理じゃないのは分っているが、紅羽のことを頼む。放っておけば、きっと無理をするだろうから。何かあったらまず俺に知らせて欲しい」
「わかりました」
言いたいことはありそうだが、翼は納得してくれた。

俺自身も、まだ子供の親になる自覚はない。
今は、わがままで不器用な年下の彼女のことで精一杯なんだ。