公が診察の間は、院長室で休ませてもらった。
環境が変わって気が紛れたのか、今日は吐き気がしない。
来客用のソファーに横になりながら、時々聞こえる公の声に耳を澄ませた。


「どうした?」
昼前になり、戻ってきた公。

「別に。どうもしない」
なぜか不機嫌な私に、公は渋い顔。
「話があるんだろ」
こんな平日に前触れもなく訪れれば、何かあったと思うに決まっている。

「赤ちゃんができた」
私は、核心のみをはっきりと伝えた。
「そうか」
驚く様子も見せず、公は私を抱きしめた。

「私、迷ってるの」
正直、生んで育てる自信なんてない。
「俺は、どんな結論も受け入れる」

男ってずるい。
私はこの時そう思っていた。
決められないからここにいるのに・・・

「堕ろすって言ったらどうするの?」
「紅羽」
寂しそうな公の顔。

「いつだって女が貧乏くじ。妊娠も出産も私ばっかり。私だって、医師としてのキャリアを積みたいのに」
こんなだから、女医はダメだって言われるのよ。

「子供なんていらない。私には育てられない。もーう、いなくなっちゃえばいいのに」

公の前で歯止めがきかなかった。
甘えが出てしまった。
口にした後、自分でも後悔した。
しかし、
無言で近づいた公に、ギュウーと頬をつねられた。

「い、痛い。痛ーい」
「バカ。聞こえたらどうするんだ」
「え、まだ、まだ聞こえないよ」
「でもやめろ。小さくても1つの命だ」
怖い顔で言われれば、黙るしかなかった。

近くに店もない田舎の町で、昼食は診療所の家政婦さんが用意してくれた。
どうやら公の身の回りの世話をするために町が人を雇ってくれているらしい。
それだけ診療所の医者が貴重ってことで、公に女がいるって噂もこんなところから出たのかもしれない。

家政婦さんが作る田舎の野菜中心の食事がとっても美味しかった。
久しぶりによく食べた。
本当に、ここにいたら元気になれそう。