「もー、部長。ダメですよ」

部長を注意する師長の声を、私の耳は敏感にキャッチした。
見ると、ソファー席の隅で、看護師の肩に手をかけている。
看護師の方もやんわりと手をどけようとしてはいるけれど、部長は離そうとしない。
隣に座った師長も、当事者である看護師も愛想笑いを浮かべながら、部長をたしなめている。
なんなのよ。
もっとはっきり、ガツンと言ってやればいいのに。

「紅羽、やめなさいよ」
夏美が注意する。

私が出て行けばもっともめることぐらい、分っている。

「キャッ」
小さな悲鳴。

さっきまで肩にかかっていた部長の腕が、腰まで降りてきていた。
ああ、ああー、もう限界。

「やめてください」
真っ直ぐに部長の席まで来た私は、感情のこもらない声で言うと看護師の手を引いた。

ギロッ。
私を睨む鋭い視線。

「部長、これはセクハラです」
ここまで来たら遠慮することはない。

状況を理解した会場内は静まりかえる。
しかし、

「山形先生」
次に聞こえてきたのは哀れむような師長の声だった。

「せっかくの忘年会ですから」
先輩医師もそっと私の肩を叩く。

ええ?

嘘。
悪いのは私なの?

「すみません、私が変な声を上げたから」
看護師が頭を下げた。

「そんな・・・あなたは悪くなんか」
どうやら今ここは、私1人がアウェイらしい。

すると、
「山形先生、座って」
部長がソファーの隣をポンポンと叩いた。

「・・・」
みんなが見ているのが分っていて、私は動けない。

「早くっ」
少し強くなった部長の口調。

私は渋々腰を下ろした。