「っ、紫、降りるよ!!」



優里さんが叫んで、私を引っ張る。
タクシーから降りて、車から出てくる男に目を見張る。


アキさんだった。


彼は、えも言われぬ雰囲気をまとって、片手に、ナイフを持っていた。

それはきっと父も殺したナイフ。


血がこびりついていて、赤く染っているのが私にもわかる。



「あーあ、逃げるからだよ」


「っ、律さん!?」



背には律さんの車が止まっていて、冷たい目で優里さんを見つめていた。

アキさんはその間に運転手を刺したらしい。

衝撃により、私は耳が遠くなった。


だってあの運転手の声ひとつも聞こえなかったのだから。



「......紫」


「ねぇ、優里。君、僕から離れないって、約束したよね」



それでも私の手を離さない優里さん。
私は自分から、手を離した。



「紫...?」


「行かなきゃ、優里さん」


「ねぇ、紫」


「生きて」


「紫?」


「父が死んだのに、逃げようと考えた私たちが馬鹿だったんです」



その瞬間、焼けるような痛みが首に走る。



「あなたが、気が済むのなら――――」



私はアキさんの顔を見て、はっきりと言った。



「それで、あなたが生きてくれるのなら」