あの日溺れた海は、


海岸線を少し走ると、おしゃれなこじんまりとしたレストランに車を止めた。


普段ファミレスやファストフードにしか行ったことがないわたしには敷居が高くて少し緊張した面持ちでお店の中へと入った。


「いらっしゃいませ。」


若い女性の店員に案内をされて2人向かい合って席に着いた。


思えば先生と向かい合って座ることなんてほとんどなくて、ずっと隣り合って座ることが多かったから、妙に緊張した。


2人でメニュー表ににらめっこした末にわたしはカルボナーラを、先生はハヤシライスを食後にはわたしはミルクティーと、先生はホットコーヒーを頼んだ。


黒のシャツを着てスマートに注文をする先生はやっぱりわたしと違って大人で、でもどんなひとが何でわたしなんかを好きになってくれたのかすごく不思議だった。


「せんせ、…藤堂、さん、は、何でわたしのことを好きになってくれたんですか?」


『人の目がある時に先生と呼ぶのは少々リスクがあることなので…』と車内で藤堂先生にお願いされた通り、勇気を出して慣れない呼び方に戸惑いながらそう言うと先生はクスリと笑った。


「恥ずかしながら私も初めて人をちゃんと好きになったので、何でと言われても、理由もなくただいつの間にか好きになってただけですが…。」


そういつもの調子で言う先生に思わず椅子から転げ落ちそうになった。
そんなわたしを見て先生はでも、と続けた。


「人間は、人を好きになった理由を後から付随しますよね。
そういうのであればー真っ直ぐで、温かくて、心地が良いから、ですかね。

ああ、やっぱり言葉にするのは難しいですね。」


そう淡々と述べる先生の言葉に、わたしはただ真っ赤になった顔を両手でなんとか隠すことしか出来なかった。


「はい、次は井上さんの番。何で好きになってくれたんですか?」


どこが楽しげな声に顔を見なくても絶対に殊勝な笑みを浮かべているのだろうと分かる。


うう。とか、あー。とか、変な呻き声を上げているわたしに「何ですか。」「早く。」と先生は悪戯っ子のような声で急かしていると、「お待たせいたしました。」と、料理を持った店員がテーブルに来て、少しだけ救われた。