あの日溺れた海は、

次の日の朝、パンパンに腫らした目で食堂の席に座った。


先に席についていた亮と目が合うと亮はいつもと同じ笑顔を見せて、また泣き出しそうになった。

…本当に泣きたいのは亮なのは分かってる。
 

だからわたしも無理やり笑顔を作った。
 
 
「井上、さん。」
 

ご飯を食べ終えて、大阪へ向かうバスへ乗り込もうとした時、後ろからわたしを呼ぶ控えめな声が聞こえた。
 

「武田さん…」
 

わたしと同じように目をパンパンに腫らした武田さんは、「隣、座ってもいい?」と遠慮がちに聞いた。

「うん。」そう頷くとありがとう、と弱々しく笑った。
 
 
星香ちゃんには、武田さんから断りを入れてくれたらしい。

既に伊東さんの隣に座っていた。
 
 

「なんで井上さんがそんなに目腫らしてんの?」
 

開口一番いつもの調子でそう言う武田さんが、本当に武田さんらしくてなぜか笑えた。
 

「だってさ、フラれたのこっちだよ?井上さんは亮くんとハッピーエンドでしょ??」


「断ったの。」 


ムッとした様子でそう言う武田さんにわたしは平然とした顔でそう返した。

一瞬呆気に取られた武田さんだったがみるみるうちに険しくなっていく。

 
「なんで断ってんのよ!いやOKしても嫌だけど!」
 
理不尽な答えに吹き出すと「何この子!」とペシっとわたしの頭を軽く叩いた。
 

「いて。だってわたし、…」
 

 他にいるの。大切な人が。
 
 
そう答えようとした途端、その大切な人がバスに乗り込んできたので口をつぐんだ。
 

「ちょっと、なによ、はっきり言いなさいよ。」
 


そう言ってわたしを揺さぶる武田さんに、わたしはニヤニヤしながら「秘密だよ」と答えた。