あの日溺れた海は、


 
それなのに、先生はいつも裏切ってくる。

カツカツ近づく足音に顔を上げると、藤堂先生がこちらへ向かって歩いてきていた。
 

そんな…ただLINEで少しでも話せたらいいなと思っていただけなのに。
こうして先生の方から来てくれるなんて。

申し訳なさでいっぱいになりながらも先生に会釈をした。
 
 
「すみません、わざわざ来ていただいて…。」
 
隣に腰掛ける先生にそう言うと、先生はいつもの調子で「どうも」と言った。
 
「今、テスト作ってる最中だから教科室に入れることもできなくて。で、どこが分からないんですか?」
 

そう聞く先生にわたしはワークを指さした。

「ここの三角関数の合成が意味わからなくて。」
 
わたしがそう言うと、少し席から身を乗り出してわたしのワークを見た。

その瞬間、ふわっと先生の香りがした。

大人の香水の匂い。

その香りに、近づく体温に、今までにないくらい心臓が飛び跳ね上がっていて、「これは…」と解説している先生の声すら耳に届いてなかった。