あの日溺れた海は、



 
「あっ、先生!ありがとうございます」

 
数分後、保健室のドアが開いた音がしたのでそちらの方に向くと。
 
 
そこには感情の読めない顔をした藤堂先生が立っていた。
 

「ごめんなさいね、5・6限空いているの、先生しかいなくて」
 
 
「いえいえ。一応、私が担当しているクラスの生徒でもありますので。」
 
 
謝る保健医に、先生は作り笑顔を浮かべながら言うと、わたしの方をチラリと見て「鞄はクラスの人が持ってきてくださいますので。」と、言った。
 
 
 その先生の言葉通り数分後クラスメイトが持ってきてくれたバッグを持つと一歩、一歩、痛みに耐えながら保健室を後にした。
 
 

 真っ直ぐ振り返ることなく、少し先を歩く先生の背中を見つめながら昇降口で回収してきた靴を持って職員用の玄関まで歩いていく。

気を遣ってくれているのか、それもただの気まぐれなのか、いつもよりゆっくりと歩く先生に、わたしは複雑な心境だった。


先生が優しさでゆっくり歩いてくれているのなら、ずるい。でもそれさえも気まぐれだったら、もっとずるい。


優しくされたり、冷たくあしらわれたり、本当の心を隠すみたいに笑顔のお面を被ったりして、わたしの心を無意識に揺さぶって、こっちは傷ついて、不公平だ。
 
自分の想像で勝手にもやもやと考えながら、ズキズキと痛む脚を引き摺った。