あの日溺れた海は、




家の玄関を閉めると、ふう、とため息をついた。


男に免疫のないわたしに先生がいきなり笑顔を見せるからなんだか恥ずかしくなって逃げてきてしまったようだった。


一気に疲れがドッと襲ってきて玄関に腰をかけるとインターホンが鳴った。


こんなタイミングよく誰だろう、と思い開けるとそこには亮が立っていた。



「今家に入っていくの見えたからさ」


「監視してたの?ストーカー?」


そうふざけて言うわたしの頭をポカっと軽く叩く。

「ラインの返事くれなかったから心配してやってたんだぞ。

 海に行くって言ってたし…」


そういう亮にああ、と今の今までスマートフォンを一切見ていなかったのを思い出した。


携帯をとりだして通知を確認すると、亮からのメッセージが3件と『赤ペン先生』からの着信履歴が残っていた。





『今のが私の番号ですので。』


藤堂先生の声が脳内で響くのと同時に、昨日の出来事を思い出して、電源ボタンを押してバチッとスマートフォンの画面をオフにした。


なんとなく知られたくなかった。


そして平静を装いながら、でも少し上ずった声で、「あー…来てた」と答えた。

そんなわたしを見て訝しげな表情を浮かべる亮だったが、生粋の馬鹿が幸いして、「そういやおみあげは?」と言ったのでわたしはほっと胸を撫で下ろした。