あの日溺れた海は、


わたしの掌には緑色のマフラーをしたペンギンがついているキーホルダーが乗っていた。


実はあのとき、お会計をする直前に、レジの横に置いてあったこのキーホルダーを見て、勇気を出して買ったのだった。


「あの、ありがとうございました。車も運転してくれたし。…それに、あの、いや。とにかく、もらってください!」


部屋に来て、わたしを"悪夢"から救ってくれた時。
「大変ですね」と言ったわたしに「井上さんが思ってるよりは、ね」と言った先生を思って。

それに、昨日よりも少し濃くなった隈が心配で。


どんな反応をするのか、おそるおそる顔を上げた。

困った顔をしたらどうしよう。

いつもの笑顔だったら…。


そんな風に思っていると先生はわたしの掌からキーホルダーを取り上げるとフッと口角を上げて吹き出した。

ペンギンを見つめるその目はわたしが見たことがない、優しい眼差しだった。


「ありがとう。」


ペンギンから視線だけをわたしに向けると柔和な声でそう言った。
ペンギンに向けられたものと同じ眼差しで見る先生に、暫くの間硬直した。

そして少しした後我に返って、ありがとうございます!と荷物を持って勢いよく車を飛び出した。


頬が夏の太陽に晒されたように熱を持っていた。