「やーくーもー」
「まだ寝てる」
「うん」
「じゃ、なんでお前はそこにいるんじゃぁぁぁぁぁ」

朝、久しぶりにツミキが部屋に侵入してきた。高1女子の寝姿をどんなつもりでこの男は見ていたのか。八雲はベッドから立ち上がり、ツミキの胸ぐらを掴んだ。散乱するテディベア。そのひとつをツミキが拾い上げる。

「これ最初のやつ」
「そうだ」
「やっぱり俺、お前のお嫁さんにな」
「黙れ」
「八雲が元気になった」

八雲はツミキの胸ぐらを掴んでいた腕が重たくなって、うなだれた。そんな八雲にツミキは話し続ける。

「八雲、着替えて。朝食作ったんだ」
「うちで?」
「当たり前じゃん」
「狂ってる」
「はい、着替えて」
「出ていけ」

ツミキを部屋から追い出して、八雲はテディベア達に話しかける。

「おはよう。ツミキに会えてうれしかったでしょう」

そう言いながら1体1体丁寧に並べ変え、ベッドを整える。制服に着替えて、台所に行く。母親とツミキが楽しそうに話をしている。本当にあいつがお嫁さんになったら、この光景を毎日見るのかと考えた自分が気持ち悪かった。

父親はもう仕事に出かけていたので、母親とツミキと3人で朝ご飯を食べた。ツミキの作った味噌汁を絶賛する母親。八雲は人生の外堀を埋められたような気がした。

ツミキと並んで通学をする。いつも通りの事のはずなのに、八雲は自分がそこにいていいものか悩む。ツミキはまだ朝ご飯の話をしている。学校に着いてそれぞれの教室に入る。何気ない1日。だけど昨日までとは違う1日。

昼休み、八雲はお弁当を忘れてしまった事に気が付いた。朝からツミキが来たせいで、そこまで頭が回らなかった。食堂に行こうとしたその時、

「八雲、はい、お弁当」
「は?」

ツミキが目の前にいた。ツミキの手にはいつも自分が使っているお弁当の巾着。

「作ったよ。一緒に食べよう」
「出ていけ」
「それ今日2回目~」
「うれしそうに言うな」
「はい。食べよう」

ツミキはそう言って八雲の前の椅子を拝借し、座る。八雲には、教室中の視線を一斉に集めるこの男の前に座ってお弁当を食べるしか、選択肢がなかった。お弁当を開けると、

(…アン◯ンマン)

1度フタを閉めてみようと思った。だが、八雲の後ろにいた女子生徒から

「きゃー、北条さんのお弁当、キャラ弁!!」
「かわいいー、アン◯ンマンとバイ◯ンマンがいる!!」
「見せてーーー」

八雲とツミキの周りに人だかりができる。

「え、城崎くんのお弁当、ドラ◯もんだよ!!」
「城崎くんもキャラ弁だよ!!」
「北条さんが作ったの?」

八雲は何の心配をするべきなのか、頭の中の鉛筆が何を書いているのかわからない。

「俺が作ったんだよ」

ツミキは笑顔で観客に応える。

「「「えーーー!!!でもわかるーーー」」」

そう言って納得した観客たちは各々の場所に戻っていった。

(わかるってなんだ?)

八雲が眉間にしわを寄せていると、

「八雲、食べよう」
「余計な事を」

いただきますと小さく言って八雲はキャラ弁を口に運んだ。八雲が食べはじめたのを確認してツミキも食べはじめた。おいしいと一言で片付けるにはもったいないその昼ご飯を、八雲は残さずに食べた。

いつもなら、昼ご飯が終わったら旧館に行く。だが、昨日の今日だ。目の前にツミキもいる事だし、今日は行くのをやめようと八雲は思った。お弁当箱をカバンに入れて、本を出して読むことにした。

「八雲、旧館に行こう」

ツミキはそういうと、八雲を教室から連れ出し、途中自分の教室によって、裕也に空のお弁当箱を投げ、その足取りで旧館に向かった。あまりの行動力に、八雲の手はついて行くしかなかった。

旧館に入ると、外国文学の棚に奏はいた。八雲とツミキを見て、奏は持っていたシェイクスピア『マクベス』を棚に戻した。

「八雲、今後はこの子付きで来るの?」
「いや、そういうわけでは」
「八雲、黙ってて」

ツミキはそう言うと奏の真正面に位置した。

「あんたに言っとく。
八雲はこれからも旧館に来る。ひとりでな。
だがこの間みたいなのは許さないし、これを聞いた以上、八雲もそんな気にはならない。ていうか、そもそもあんたが狂わせたんだ。薬でも盛ったんだろ。
俺は今日、八雲ん家で朝食作って、八雲を部屋まで起こしに行って、着替えを手伝って、八雲と八雲の母ちゃんと朝食一緒に食べて、一緒に登校して、昼は俺お手製のキャラ弁を一緒に食った!
そして帰りももちろん俺と一緒に帰って、なんなら夕食も一緒に食べて、一緒に宿題して、一緒にテレビ観て、一緒に風呂入って、一緒にストレッチして、一緒に寝る事も可能だ!!
俺から八雲を奪えると思うな!!!
俺が八雲のお嫁さんになるんだ!!!!
だから俺はあんたなんか全然っ眼中にないんだからな!!!!!」

一部虚構が混じった文言を堂々と言ってのけたツミキに、八雲は圧倒された。

「ふーん。じゃ、僕も言っておくよ。
八雲がこれからもひとりで旧館に来るのは当前だ。本が好きだし、僕の事が好きだからだ。薬があるとしたらそれは僕の魅力だな。それが原因で八雲が狂ってくれているならこの上なく光栄だね。
この間のってあんなのは手始めだよ。君は八雲を信用してるみたいだけど、僕は君の思い通りにはならない。
それに、君にこの関係がバレた以上、ここでしか会わないって制約も意味が無くなる。ということはいつでも僕たちは会えるし、かえってここ以外の方が都合がいい事だってある。
八雲が一緒にいて楽しいのは僕だよ。趣味嗜好が似てるし、君に比べたら大人だしね。さしずめお嫁さん候補は僕かな。
僕が八雲を手放すと思わないでほしい。
八雲はこれからも僕の傍に居続ける。
だから僕も君なんて眼中にないよ」

ここまでしゃべり倒した奏を見たことがなかった八雲は愕然とした。

「八雲、こいつとんでもないこと言いやがったぞ!」

先ほど自分の言ってのけた内容を忘れたかのように、ツミキは奏の態度に異議を唱えた。八雲は一つため息をして、ツミキに言った。

「ツミキ、外で待ってて」

ツミキはしぶしぶ旧館を出る。八雲がお願い口調だった事に、果たしてお互い気が付いていただろうか。ツミキが閉じたドアの向こう側に行ったのを確認して八雲は奏を見た。

「さっきはツミキをおちょくってたんでしょ」
「それもあるね」
「あいつ本気にするので、もう少し控えてもらっても良かったんですけど」
「控えたら、僕の本気がわからないでしょ」
「…自分勝手なのはわかってるんですけど」
「大丈夫。これからもここで会おう」
「だけど…」
「あと追加条件」
「なんですか?」
「進学先は僕の大学に合わせて」
「そんな先の事」
「すぐだよ。きっとね」
「はい。わかりました。合格までは約束できませんけど」
「今から勉強しとけば間に合うよ」

そう言って、奏は愛しのお姫様の頭に、ぽんぽんと手を置いた。


旧館から出るとツミキがすぐに八雲に詰め寄った。

「あいつになんかされなかったか?」
「心配ない」
「あのさ、」
「なんだ」
「俺、どうしたらお前のお嫁さんになれるんだよ」
「決まってる」
「何が?」
「修行あるのみ」

そう言って八雲は教室に戻っていった。ツミキが何の修行なんだと、わめきながら後をついてくる。八雲にはわかっていた。ツミキも奏も自分を諦めない事。自分も二人から離れられない事。

((自分はまだ高校1年生。何を決めつける必要がある。これから起こる事なんて誰にもわからない。迷いながら焦りながら過ごしたって良いじゃないか。だがひとつ決意する。自分らしくないウソはやめる事。大切な人を守るウソなどないのだから))

午後からは終業式だった。2学期が今日で終わる。
しかし彼らの物語は、今から再びはじまる。
タイトルはそうだな『お嫁さんにしてください×100 ~修行編~』。
高校生達は思いを、声を、変わりゆく季節に、綴っては進む。

おわり