|「何回言えばいいんだ?」
「回数の問題じゃない」
「じゃ、何が望み?」
「平和」
「俺といたら、平和じゃん」
「いや、毎日がテロだ」
「じゃ、どうしたらいい?」
「黙れ」
「その他には?」
「消えろ」
「その他には?」
「帰る」

そう言って彼女は教室を後にした。教室に取り残されたこの男は城咲(しろさき)ツミキ、高校1年生。さっき出て行った女は北条八雲(ほうじょうやくも)、同じく高校1年生。この二人、家が隣で、いわゆる王道の幼馴染。保育園、小学校、中学校、そして高校。ずっと一緒に育ってきた。中学校からは、ツミキが八雲を追いかけまわした結果であるが。

ことあるごとにツミキは八雲に言う。
「お嫁さんにしてください」

はじめて覚えた言葉がそれなんじゃないかと思うくらいだ。そのたび八雲は顔をゆがませた。保育園の園庭でかくれんぼの途中に、花壇の前に座って、小学校の鉄棒を回りながら、プールの中で、中学校の登校中、職員室に呼ばれた後、そして高校、帰り際。もうシチュエーションを挙げたらきりがない。

ツミキにはいいお嫁さんになる覚悟・自信があった。何でもできた。八雲をずっと見てきた。保育園の時からずっと、八雲を守りたくて彼女の前に立ちはだかった。全員、追い返した。喧嘩にも負けなかった。八雲を慰めて、笑顔にすることもできた。

(なのに)

ツミキは教室の窓の外を見ながら考えていた。俺は完璧なのにと。窓ガラスに自分が写っている。もちろん顔にも自信があった。告白されっぱなしの人生だった。何人フッたことか。その度にまわりの友達からもったいないと言われていた。でも、ツミキにとって八雲以外の女子から好かれることは、全く無意味だった。

(よし、明日こそ)

そう決めて、スーパーに寄って帰ることにした。

*次の日
「これはなんだ」
「キャラ弁」
「これを食えと」
「ト◯ロだぞ」
「キャラクターの問題じゃない」
「猫◯スにしようか迷ったんだけどさ」
「猫は嫌いだ」
「知ってる」
「だからト◯ロか」
「そう。食べてよ」
「私、お弁当ある」
「それ俺が食べるから。交換っ!」

八雲はもう諦めた。このやり取りを、教室のみんなに見られているようで恥ずかしかった。わざわざ別の教室から来て、しかも大声で呼んで、キャラ弁を持ってきて。こうやってご機嫌をとろうとしているツミキの一方的な行動にこれから先もつき合わされるのかと思うと、八雲は肩を落とした。肩が外れるくらいに。

ツミキが自分の何がいいのか、八雲にはわからなかった、16年間ずっと。幼馴染だから、一緒にいるのは当たり前だった。だが、ツミキがお嫁さんにしてくれと初めて言った時から、それはあり得ないとういう気持ちしか湧いてこないのだった。

勉強も運動も何もかもできて、顔もそこそこ良いツミキには、もっとかわいいレベルのあった子が似合うと思っている。だから小学生の時から、なるべく突き放すようにしてきた。だが、当の本人は気がつかず、全く離れようとしない。また肩を落とす。

(努力が実らないって言葉を現実にしたら、こんな感じなんだろうな)
(キャラ弁が重い)

つづく