「で?俺は関わるなって言ったんだけど?」と聞こえてきそうなほどの圧を竜生くんから感じて、体が縮こまる。文化祭も無事?に終わり、私は竜生くんの自室に呼び出されていた。
 久しぶりに入った竜生くんの部屋は付き合っていた頃とほとんど変わっておらず、黒を基調としたシックなインテリアでまとめられている。
 話す準備をしておかなければいけない。「いただきます」と出されたお茶に口をつけ喉を潤した私を見届けると、竜生くんが先に口を開いた。

「お菓子を貰いに行っただけ?他になにかされなかった?」

 初っ端から痛い所を突かれて言葉に詰まる。想像していたよりもずっと優しい声音も罪悪感を加速させた。

「されたようなー?されてないようなー?」

 曖昧な返事だが本当にそうなのだ。されたことといえば体、主に顔をじっと見つめられたことだけ。確かに押さえつけられはしたが、危害といえるほどではない気がした。だけど恐怖を感じたのは事実だし、やっぱりされたと答えるべき案件だっただろうか。
 私の答えを聞いた竜生くんの顔がみるみる険しくなる。そりゃそうだ。曖昧な返事にはイライラするだろう。

「……なにがあったの?」

 竜生くんは苛立ちを抑えながら、極めて冷静に問いただした。その冷静さが逆に恐怖を煽るのだけれど。私は竜生くんの神経を逆撫でしないように、言葉を選びながら説明をした。

 私の話が終わるや否や竜生くんは大きなため息を吐き「思いっきり何かされてるじゃん」とおでこに手を当てた。これは相当心理的負担をかけてしまっている。肩身の狭くなった私は呟くように「ごめん……」と告げた。

「いや、明石さんが悪いわけじゃ……いや、だいぶ迂闊だったけどね!」

 私を擁護しようとしてすぐに訂正を入れたところに、竜生くんの呆れが多分に含まれている。しかもその通りすぎて反論の余地がない。そもそも反論する気など微塵もないのだけれど。

「はい……ごめんなさい」
「……まぁ、うん……。明石さんの交友関係を俺が制限するのも変な話だったし……」

 それは突き放しているわけではないだろう。一般論で多数派だと思うし、私を尊重してくれているとも取れる。だから、突き放されたような気がして悲しくなる私がおかしいんだ。

「神内は俺にすっごい執着してるってこと以外はいい奴だと思うし……」

 そこまで言うと、竜生くんはぐっと下唇を噛んだ。自分に言い聞かせているようなその言葉に胸が苦しくなる。なんて声をかければいいんだろう……。私が思案していると「でも」と竜生くんが言葉を繋げた。

「もし、何かされたらって思うと、俺……」

 竜生くんの言葉は涙となってこぼれ落ちた。……きれい。そう思ったのと体が動いたのはほぼ同時だった。
 竜生くんの顔を隠すように頭を包み込む体勢で抱きしめて、「好きなの」と音をこぼす。言うつもりなんて少しもなかった。本当はもっと気の利いた言葉をかけようと思っていたのだ。
 だけど言うことを聞かない私の口は、自分勝手に愛の言葉をこぼし続ける。

「ずっと、竜生くんだけ……」

 竜生くんは頭から首にかけて回った私の腕を解き、「みこと」と熱っぽく私の名前を呼んだ。見つめ合った瞳がお互いの了承を伝え合っている。

「んっ、ん、すき……」
「っは、……」

 キスの合間、私がいくら想いを伝えても竜生くんは応えてくれない。重ね合った唇からも、熱っぽく潤んだ瞳からも、私の身体を這う指先からも「好き」だと伝わってくるのに、竜生くんは意地でも口を割らないようだった。

「言ってよ、好きって言って」
「……言えない。好きだなんて言えない」

 それはもう好きだと言っているのと同じだった。なにをそんなに怖がっているのだろう。私は竜生くんの心をほぐすように、首筋に唇を落とした。そしてかわいいリップ音を立てながら徐々に下に移動していく。制服の胸元をはだけさせ、そこに口づけようとしたとき、視界が反転したのだ。

 天井を見る形になって初めて、押し倒されたんだ、と知ることになった。さっきまであんなに積極的だったのに、いざ見下ろされると蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。
 はぁはぁと荒い息を繰り返しながら、竜生くんが舌なめずりをした。その真っ赤な舌に、興奮を隠そうともしない情欲まみれの瞳に、早くおかされたい。

「竜生くん、ぜんぶもらって。私を竜生くんのものにして」