喫茶店は当初の予定より大勢の人で賑わっていた。これは買い出しに行かなければ材料が足りなくなるかもしれない……とみんなが心配しだした頃、担任の先生が「車を出すから買い出しに行こう」と買い出し担当の子を2人連れて業務スーパーに向かった。
 
「わぁ、すごい賑わってますね……もしかして今邪魔でしたか?」

 私が待ち組数を確認していると声をかけられた。

「あ、神内くん!来てくれたんだ!」
「はい!絶対行くって言ったじゃないですか」

 信じてなかったんですか?とでも言いたげに眉を下げた神内くんのきゅるんとした瞳が、私の母性をくすぐる。

「そんなわけないじゃん!今ちょうど忙しいんだけど、席数増やしたし直ぐに空くと思うよ」
「やったー!じゃあ、待ってますね」

 かわいい……。感情のままにコロコロと変わる表情が神内くんの魅力だと思う。人懐っこい笑顔に絆されそうになるが、私は襟を正した。
 ダメダメ。神内くんとは、あくまで竜生くんとの約束を基盤として関わっていかなきゃね。そもそも、関わるな、と指示されているので今のこの状況がアウトな気もするけど……。

「あ、そうだ!明石先輩の番号って何番でした?」

 私が葛藤にうんうん唸っていると、神内くんが首から下げた紙を私の前に掲げて問いかけた。そこには『143』の数字が書かれている。ん?見たことある数字だぞ?

「わ!待って待って!」

 制服に隠していた紙を興奮気味に胸元から引っ張り出す。やっぱりそこには同じ数字が書かれていた。

「おー!すごい!こんな身近にいるなんて!」
「びっくりだよー!今買い出しに行ってる子たちが帰ってきたら、テント行こうよ!」

 生徒会のテントに行けば景品がもらえるのだ。しかも景品とはどうやらお菓子らしい。これは是が非でももらいたい。
 「先輩、はしゃぎすぎ!」と神内くんが私を嗜めたが、顔が嬉しそうに笑っている。「ごめん!つい興奮しちゃって」と姿勢を正して落ち着けば、神内くんは「秘密の話もあるんです」と意味ありげに口角を上げた。




 買い出しに行っていた子たちが帰って来ると、休憩がずれ込んでいた私はすぐに持ち場を離れた。

「かなえ!私、神内くんとテントに行ってくるから!」
「わかったぁ!終わったら連絡してね」

 一緒に文化祭を回ろうね、と約束していたかなえにそう告げて、私の教室の前で待ってくれていた神内くんに「お待たせ!」と声をかけた。

「いえいえ、お疲れ様です」
「お菓子楽しみだねぇ」

 私の周りにいるどの男の子よりも背の高い神内くん。顔を見ながら話していたせいだろうか。足元が疎かになって、階段の段差に躓いてしまった。

「わっ!」

 と、色気などあったもんじゃない声を出しながら転びそうになった私を、神内くんの華奢な腕が抱え込んだ。

「危なかったですね」

 神内くんは私の体勢を整えて、いつもの屈託のない笑顔を見せた。思っていたのと同じぐらい華奢な腕だった。男、というよりは、少年、といった方がしっくりくるような線の細さだ。

「あ、そうだ!テントに行く前に秘密の話を聞いてくれませんか?」

 今閃いたかのように声を上げた神内くんは、私の手を取り歩を進める。私の返答など聞く気もないようだ。

「ちょ、ちょっと、秘密の話ってどこでするの?」

 今日はみんなが動き回っている文化祭だ。校内に人がいない所などないだろう。それに使われていない教室は施錠がされているはずだ。私が疑問を投げかけると「大丈夫ですよ」と神内くんは言い切った。自信満々なその口調に計画性を感じ、思わずたじろいだ。

「やっぱり秘密の話は聞かない!このまま生徒会のテントに行くか、行かないなら解散しよう」
「えぇ……残念だなぁ……!先輩は知りたくないですか?洗井先輩に振られた本当の理由」





「ここです!」

 と案内された所はいつぞや竜生くんと2人で入ったバスケ部の部室であった。たしかに部室棟は運動場の隅にあるので、校内と中庭、そしてエントランスを使用している文化祭の今日、そこには人気が全くなかった。
 なんなの?バスケ部って部室を密会に使用していいルールでもあるの?と思ったが、そんなルールは絶対ない。鍵の管理を任されている一年生だからこそできる特権というものだろうか。

「お邪魔します……。あ、鍵閉めないでね」

 私が念のためにそうお願いすると、神内くんは「信用ないなぁ」としょんぼり肩を落とした。そんな神内くんを目の前にすると「信用ないとかそういうことじゃなくて……」と思わず慰めそうになってしまい、慌てて言葉を止めた。

「で、本当の理由ってなに?」

 私はそれを聞くために危険を冒してまで、のこのこと神内くんに着いてきたのだ。

「あぁー!それは嘘です!洗井先輩が俺に教えてくれるわけないじゃないですかぁ」

 全く悪びれていない楽しそうな顔に、反射的に「もう帰る」と踵を返した。すると腕を掴まれ体が反転する。その瞬間、神内くんは私の体を扉に押さえつけたかと思えば顔を覗き込み「これが怒った顔かぁ」と恍惚な表情を見せたのだ。