部室の扉を開けると「お疲れ様です!」と後輩たちが一斉に声を出した。「お疲れ様」と返すと、いつものようにまとわりついてくる後輩が一人。

「先輩!洗井先輩!お疲れ様です!」
「うん。お疲れ様」

 着替えるから少し離れてほしいと毎回思うのだが、注意しても直らないので俺はいつしか注意することをやめた。この後輩は表面的には良い奴なのだが、俺への執着が強すぎる。他の部員は「あれは洗井の信者だな。心酔してるよ」と茶化してくるが、それは笑えないほど的確だと思う。
 俺が死ねと言えば喜んで死んでしまうんじゃないか、とさえ本気で思うほどなのだ。とにかく不気味な奴だ。

 部室から体育館までの道のりを2人で歩いて行くのも最早恒例になっており、今日も他の部員は邪魔しちゃ悪いと先に行ってしまった。

「そういえば、今日先輩の元カノさんと知り合いました!」

 ……は?思いもよらない神内の言葉に、冷たい汗が背筋を流れ、ぞわりと寒気がした。

「美琴になにかしたのか!?」

 思わず力が入ってしまった声と咄嗟に神内の腕を強く掴んでしまったことに気づき、俺は深く息を吐き、心を落ち着かせる。

「……悪い。明石さんとはとっくに別れてるから。彼女、新しい彼氏もできたみたいだし」
「あぁ!剣道部の森脇先輩ですか?今日も一緒にいましたよ!たしかにあの人もかっこいいですけど、俺は比べるまでもなく洗井先輩がいいですねぇ!」

 汚れを知らないとでもいうような、キラキラした瞳で言う内容ではないだろ。俺はあからさまにため息を吐いた。

「とりあえず、明石さんは俺とはもう関係ないから、これ以上関わらないで」
「うーん、そうですかねぇ?」

 納得いってないことがはっきりとわかる口調だ。だが、俺と美琴は絶対に交わることはないのだ。頼むから掻き回さないでくれ。

「今日明石先輩を見てたらすっごい欲情しちゃいましたぁ!この唇が洗井先輩とキスしたんだなぁ、とか考えちゃって」
「おい、やめろ!」

 神内は俺に心酔している割に俺の静止は聞かないのだ。スイッチが入れば無遠慮に自身の性癖をダバダバと垂れ流す。

「あと、明石先輩って血がすごく似合いますね……今日鼻血出させちゃったんですけど、とびっきり可愛かったです」
「やめろって言ってんだろ!!」

 俺の怒鳴り声にも神内はびびるどころか、ニヤニヤとしているのだ。

「そんな大声出す先輩、初めて見ましたぁ」

 「やーっぱり明石先輩のこと特別なんですね」と言って、新しいオモチャを手に入れた子供のように無邪気に笑った。