私の手にはチョコバナナといちご飴が握られている。ちなみにさっきまで焼きそばを食べていた。礼人の「まだ食べるの?」とでも言いたげな視線が痛い気もするが、答えは「まだ食べるよ」だ。

「さっきの子かっこ良すぎてやばかったよねー」
「わかる!芸能事務所入ってるかもよ?」

 私が邪魔にならない端の方で立ち止まりもぐもぐと咀嚼を続けていると、近くを通った女の子たちの会話が聞こえた。かっこいいと言われている人がいれば、もしかして竜生くんかな?と思ってしまうのだ。
 その会話に少し反応した私に気づいた礼人が「洗井くんかもよ?」と笑う。感情の読み取れない笑顔だ。
 私たちが別れてから他の友達はそれなりに気遣ってくれて、積極的に竜生くんの名前を出すことはなくなっていた。なので、その名前を出すのは礼人ぐらいになっていたのだ。だけど私はその自然な感じが一番ありがたかった。

「私も一瞬、そうかなー?って思ったんだけど」
「な!騒がれるほどのイケメンっていえば洗井くんだよなー!」

 この辺りで開催される花火大会の中で一番の規模を誇る今日の会場に、竜生くんが来ていてもおかしくはない。本当に竜生くんかもなぁ、と先程の女の子たちが来た方を見る。「あ、」と声が出たのはあちらと同時だった。
 
「亜美ちゃん……と、竜生くん……」
「美琴!」

 竜生くんはまさかまさかの人物と2人でこちらに歩いて来た。亜美ちゃんの焦った声を聞いて、そんなに慌てるなら正直に言ってくれたらよかったのに、と悲しいやら腹立たしいやらで感情はぐちゃぐちゃだ。

「お、洗井くんたちも来てたんだぁ」
「あぁ、俺たちはクラスのみんなと来てるんだけど」
「そー?俺たちは2人で来てるー」

 クラスの子たちと来てるんだ……その事実にホッとした浅ましい私を恥ずかしく思う。まだ好きなの、と亜美ちゃんに言えないでいる自分を棚に上げて、よくも嫌悪感を持てたものだな。

「へぇ。浴衣似合ってるね」

 竜生くんのその言葉にどきりとした。思わず顔を上げると視線は礼人の方に向いている。なんだ、礼人に言ったのか……自惚れて勘違いした自分が恥ずかしくてまた俯く。亜美ちゃんの顔も見られない。

「え、美琴に言ってる?」

 ちょっと!!私は心の中で思いっきり礼人を殴った。礼人は分かって言ってる。竜生くんも亜美ちゃんも困ってるじゃん。誰の得にもならない質問だった。

「……うん。い、いや。森脇くんと明石さんに言ってる」
「俺もー?照れるじゃーん。ありがとー」

 完全に気を使われた……その事実が恥ずかしすぎて顔を上げられない。だけどずっと俯いているのも不自然だ。私は思い切って顔を上げてみた。先程衝動的に見た時も思った。やっぱりお似合いだなぁ。
 竜生くんと亜美ちゃんは纏う雰囲気が似ている。見た目とかそういった表面的なことではない。2人が並んでいる光景はまるで必然のようだった。そうなることが運命づけられている2人だと思った。



「あれ?明石さんじゃん!」

 私が2人のお似合いさに打ちのめされているとそんな声が聞こえてきた。「あ、金沢くん!」と現れた人の名前を呼ぶ。たしか金沢くんも3組だったな。クラスでこの花火大会に来ているのは本当のようだった。

「久しぶり!お、森脇も来てたんだ!」
「おー、金沢じゃん」

 そっか、金沢くんも剣道部なのか。礼人とも親しく言葉を交わす彼の姿を見てそう思い至った。どうやら竜生くんと亜美ちゃんは近くのコンビニまで飲み物を買いに行く途中だったようだ。しかもクラスの希望者全員分のだ。やはりそれは2人ではしんどかろう、と金沢くんは後から追いかけて来たようだった。

「てか、森脇と明石さんって付き合ってるの?」

 無防備な状態に投げつけられた質問に思わず硬直する。

「えー?どうかなぁ?俺は好きなんだけどねぇ?」

 礼人はのらりくらりと明確な答えを避けながら発言をした。「付き合ってないよ!」と私が即座に言えなかったのはどうしてなのか。
 「私も幸せだから、2人も幸せになって」という、恐らく付き合っているだろう亜美ちゃんたちに対する気遣いなのか。それとも幸せであろう2人を目の前にして、惨めな私を少しでも誤魔化したい虚栄心なのだろうか。

「それは知ってるけど……」

 と、何を今さら?というような顔で金沢くんが告げると、「そろそろ行った方がよくない?花火始まりそうだ」と竜生くんが話を切り上げた。

 コンビニに向かって歩く3人を見送りながら、礼人が「なーんでだろ?わっけわかんないねぇ」とため息を吐いた。なにがわかんないんだろ?私が礼人に尋ねる前に「花火見やすいとこに移動しよー」と言葉を続ける。それ以上話す気がないことが伝わってきたので、立ち上がった礼人に倣い私も急いで立ち上がった。


 コンビニに向かっていると「いまさらなんだけど、ごめん……!」と金沢くんが俺に謝ってきた。何に対して謝っているのか分からず俺が困っていると、それを察して「明石さんと森脇のこと……」とまた言いにくそうにその名前を出した。
 なるほど、俺が美琴の元カレだからか、と納得する。

「いや、全然。もうだいぶ前に終わってるしね。向こうも気にしてないよ」

 俺のその言葉に金沢くんは「よかった」と胸を撫で下ろした。服部は美琴の姿を見てから何を考えているのか、ずっと黙り込んだままだ。

 少し遠くで一発目の花火が上がる。俺は美琴と見上げた去年の花火を思い浮かべていた。