今年の花火大会は礼人と一緒に行く約束をしている。去年が特別だっただけで、礼人とは毎年恒例の行事になっていたのだ。
 違うことといえば私が浴衣を着て行くことだ。それは礼人に「浴衣着てきてねー」とお願いされたからだった。なんでも去年私の浴衣姿を見て悔しい思いをしたらしい。「もし来年一緒に行けるなら俺のために浴衣を着てほしいって思った」と言われ、情熱を含んだ真剣な眼差しに絆されてしまったのだ。
 竜生くんのことを思いながら選んだ浴衣は着る気になれず、今年も新調したのは痛手だったが仕方ない。

 お母さんに着付けをしてもらい、鏡に映った姿を見てこの浴衣も悪くないと思えた。生成り地に紺のひまわり模様が描かれており、ところどころに散りばめられた深紅の金魚がアクセントになっていた。敢えて浴衣の柄の意味は調べなかった。

 下駄を履いていると玄関の扉が突然開く。そこに立っていたのはこれまた浴衣を着た礼人だった。正直驚いたのは、淡い色合いの浴衣があまりにも似合っていたからだ。
 よくよく見ればピンクのような色をしている。所謂さくら色というやつだろうか。それに合わせた黄土色と白の帯も明るく調和がとれていた。
 柔らかい、優しい礼人の雰囲気にぴったりだ。礼人の緩くアンニュイな表情がいつもより色気をまとっている。私を見つめる細められた瞳だけがただただ男性的だった。

「かっわいー!美琴めっちゃかわいいー!」

 笑えば途端に人畜無害で毒気を抜かれる。「ありがと」と返せば、「ね?俺はー?俺の浴衣はどー?」と尻尾を振ってまとわりついてくる大型犬のようだ。

「似合ってる。ほんとかっこいいよ」

 それは紛れもなく本心だ。しかし礼人は私が素直に褒めるとは思ってもみなかったのだろう。ボッと顔を真っ赤にするものだからこちらまで恥ずかしくなってしまう。私たちが2人して照れながら微妙な空気を出しているものだから、見送りに来たお母さんが「あんたたち付き合ってんの?」だなんて聞いてきたのだ。

「違うよ。俺が美琴を好きなだけー!今猛烈アプローチかけてるとこー」

 だなんて気持ちをすぐに切り替えた礼人は無邪気に笑うけれど、私はいつまでたっても顔を真っ赤にしていた。



 家を出て2人で最寄り駅を目指す。

「さっきの『俺が美琴を好きなだけー』ってなんなのよ?お母さん本気にして喜んでたじゃん」

 私が膨れっ面で文句を言えば「だってほんとのことじゃん」と礼人はあっけらかんと言ってのけた。まぁ、たしかにそうなんだけど、そういうことじゃない。

「私は礼人と違って恋愛経験ほぼないんだからね!あんなの、あんなの……」

 ドキドキして困る、とは口が裂けても言えなかった。礼人には誰よりも素直になれるのに、誰よりも意地を張ってしまう。

「ちょっと待って!俺だって経験ないよ!そもそも俺童貞だから!慣れてないから!」

 はぁ?そんなことどっちでもいいんだけど!っていうか、聞いてないし!礼人が童貞かどうかなんて!!!
 顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた私を見て「やばい」とやっと気づいたのだろう。必死に「ごめんー!美琴ちゃん許してー」と宥めにかかる礼人に笑みが溢れる。なんだかんだ私は昔から礼人には甘いのだ。

「じゃあ、りんご飴おごってよね」
「りんご飴だけとは言わず、ぜーんぶ奢る!だから許して」

 最後には「しかたないなぁ」と許してしまうのだ。結局私も礼人もお互いに甘くて弱いのは昔から変わっていなかった。