まーたか、と礼人が後輩から呼び出されている現場を見て思う。4月から数えて何回目だろう?警戒心を抱かせない人畜無害そうな見た目と性格は、後輩から人気が高いようだった。

「まーたなの?みんなよくやるよねぇ……好きな人がいるからって断ってるんだよぉ?」

 そう言ったかなえは呆れ顔だ。私は結局清田さん、もとい、かなえと仲良くなった。話してみれば気さくで可愛げがあって最高にいい子だった。今までなんとなくで苦手意識を持ってしまっていたことに、心の中で土下座したことがもう懐かしい。
 
 『好きな人がいるから断っている』と告げられたことに、私はなんと返していいのかわからなかった。曖昧に微笑んでいれば「礼人の好きな人って美琴だよ?」と首を傾げながら微笑み返してくるかなえに、飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。

「え、やだー。大丈夫?」

 かなえはむせ出した私の背中をさすってくれる。「だ、大丈夫」とだけ辛うじて返し、息を整えた。かなえのことは好きだが、恋愛観に関してだけは理解できなかった。
 あれだけ激しい喧嘩別れをしておきながらコロッと友達関係を築き、あまつさえ礼人の恋を応援しているようだ。かなえには社会人の彼氏がいるようだし、礼人のことは綺麗さっぱり忘れて完全に過去になっているからできることなのだろうか?
 2年生になって3ヶ月。別れてから半年以上が経過しているというのに、いまだに未練たらたらで竜生くんのことを引きずっている私だから理解できないのかな?
 私が竜生くんに告白をした日から一年が経とうとしていた。


 竜生くんとは本当に会わなくなった。まずクラスが離れているし、選択科目も理系と文系では被らない。私は部活をしておらず、放課後はすぐに帰る。会えるはずもなかった。
 亜美ちゃんは竜生くんと同じクラスなので、亜美ちゃんから聞く3組の話で竜生くんの近況を垣間見る程度だった。どうやら2人は以前のような険悪な仲ではなくなったようで、今では放課後に図書室で勉強を教えあったりしているようだった。
 それは亜美ちゃんから聞いたことではなく、風の噂で聞くのだ。「洗井くん、新しい彼女ができたらしいよ。3組の服部さん」「あの綺麗な子でしょ?たしかにお似合いだよね」それを聞いて私は悔しく思うどころか、そうか、と納得してしまったのだ。
 好きだけど、もう私ではどうしようもないのだな、と。ただ付き合ってることが真実かどうかも含めて、亜美ちゃんから話してくれるまで私は触れないでおこうと決めていた。その内容が話しづらいことはさすがに察しがつく。


 私と礼人は相変わらずだ。特に色気がある関係になるわけでもなく、今までと何ら変わりなく友達として付き合っている。変わったことといえば、やはり礼人が告白を断っていることだった。
「もう絶対にしない」と宣言した通り、礼人はあれから誰とも付き合っていなかった。
 そして、礼人に対する私の感情も変わることはなかった。やっぱり友達だよなぁ、と思う。例えば付き合って、キスしたり、その先をしたりと、それが想像できないのだ。それって致命的では?   
 一度きちんと話しておこうと、改まって礼人を呼び出したのだけど、何かを察したのか礼人ははぐらかすばかりだった。まぁ、無理矢理でも「これから先、私が礼人を好きになることはないから!」と伝えることは出来たのに、それをしなかったということは少しは可能性も残されているのかな?それとも付き合う可能性はゼロだけど、キープしておこう、とかいう邪な考えからなのかな?
 自分のことなのに全く分からないんだから、もうお手上げである。

 とりあえずもうすぐ夏休みだ。竜生くんと過ごした夏を思い出す。不毛なことを考えるのはやめよう。私はペットボトルに残ったお茶をぐびりと飲み干した。