気分転換に、と両親に誘われて初詣に行った帰り。「2人でデートでもしてくれば?俺は適当に帰るから」と一人繁華街に降りた。喧騒の中にいた方が余計なことを考えなくてすむかも、と思ったからだ。
 そこでクラスメイトに声をかけられた。この辺りで一番栄えているこの場所には、思っているよりずっと人が集まっているらしい。

「おぉ、洗井くん、あけおめ!」
「うん。あけましておめでとう」
「あれ?一人?明石さんと来てるのかと思った」

 悪気なく放たれたその一言に体が固まる。「美琴とは別れたんだ」その言葉がどうしても言えなかった。


 なにも気づいていないクラスメイトと笑顔で別れ、あてもなくブラブラと歩いた。なにを見ても、どこに行っても美琴を思い出す、そうなるには俺たちの思い出は少なすぎた。数字にしてしまえばたった5ヶ月だ。だけど、なにもかも忘れてしうには俺は美琴を知りすぎた。
 好きだなんて言えなかった。だけど今になって言わなくてよかったと思う。言葉にすればもっと離れ難くなっただろうから。
 好きは呪縛だ。がんじがらめになったのは俺の方だったけれど。この呪いはいつか消えてくれるのだろうか。そのとき、俺に残るものはいったいなんなのだろう。

 
 ひたすら歩いていると駅前から離れた広場に出た。近くに神社がある広場の周りには、ずらりと出店が並んでいる。周りはガヤガヤと騒がしいのに、広場には落ち着いた空気が流れている。ベンチにでも座るかと辺りを見回した時だった。

 初めは美琴のことを考えすぎていたせいで見た幻覚だと思った。だけどそれは森脇くんと楽しそうに笑い合う本物の美琴だった。随分と久しぶりに感じるのはパタリと連絡を取らなくなったからだろう。

 俺以外の男と一緒に居る美琴は俺の望んだ姿だった。だから別れを告げたあの日に森脇くんに連絡を入れたのだ。そのために乗り気でない森脇くんに頼み込んで連絡先を教えてもらった。森脇くんに彼女がいることは知っていたし、現に少し申し訳なく思ったが、そんなのたった一瞬だった。
 
 俺と別れて落ち込んだ美琴を励ましてあげてほしいなんて、そんな可愛く自惚れた願いではない。俺は早く美琴に彼氏を作ってほしかった。そうすればいつまでも燻ってしまいそうな想いに決着がつけらるかもしれないと思ったからだ。どれほど傲慢で残酷な願いだろう。
 しかし俺はその目論見が浅はかだったことを理解する。美琴が俺以外の誰かのものになったとして、そんな些細なことで諦められるのか?

 だけど俺の本能が言っている。あの女はダメだと言っている。運命の女ではないと。それどころか破滅をもたらす女だと。
 手を伸ばすことも、手を取ることもできない。俺は誰かのものになっていく美琴を、未練たらしく指を咥えて眺めていることしかできないのだ。