こんな朝早くに誰よ?と思ったけれど、元日に急にやって来る人物なんて一人しかいない。

「みっことー!あけおめー!初詣行こうよー」

 寝起きの頭に礼人の大きな声が響く。「まだ眠いー」と顔を背ければ「俺も眠いー」だなんて言うものだから、それなら寝てください、と思ったが言い返すのも面倒だ。

「うぅ……初詣ぇ……いつものとこー?」

 目を擦りながら体を起こすと、思ったより近くにいた礼人に驚く。礼人は全く気にしていないようで「そう、いつものとこ」と繰り返した。
 
 脳が覚醒してくると、なんでふっつーに部屋にいるんだろ?、と礼人の存在を疑問に思い、そのままを口にした。

「なんでって?おばさんがまだ寝てるって教えてくれたからだけど?」

 何言ってんの?とでも言いたげな礼人の顔に「そういうことじゃなくて……」と私は呆れ顔を返した。

「礼人って私のこと好きなんだよね?そ、その、恋愛的な意味で……」

 なんの羞恥プレイをさせられているんだろう。私一人顔を赤くしているのが悔しい。礼人は相変わらず真意を掴めていないようで、ぽかんとしたあほヅラを晒している。

「好きだけど?」
「じゃ、じゃあ!なんで好きな子の部屋にそんなふっつーに入ってきて、ふっつーの精神状態でいられるのよ!?」

 勢いよく言い切った私を見て、礼人は大きな口を開けて笑う。なにがおもしろいのよ!?そもそも好きとかって感情を抜きにしても、年頃の男女が同じ部屋にいるってどうかと思うけど!?

「いやー、めっちゃ今さらなこと言うじゃーん。俺は長い間気持ちを隠してきたわけよ。表に出してることと考えてることが一緒だとは限らないよ」

 礼人はにこりとお行儀良く微笑む。毒気を感じないあどけない笑顔のはずなのに、その奥にふつふつとした熱を感じる。
 ……ん?じゃあ、礼人は今心の中ではなにを考えているの?
 そんな考えに思い至るが、礼人の柔らく緩い笑顔が警戒心を解いていく。ほんと、特な性格と見た目してるよな、と思う。
 

 「着替えるからリビング行っといてよ」という私の指示に従うべく、礼人は部屋の扉をあけた。そしてくるりと振り返り、意味ありげにニヤリと笑う。

「やー、まさか美琴があんなこと言うなんて。俺のこともっと意識してくれてもいーんだよー?」

 礼人の笑顔にたじろいだ私に追い討ちをかけるような言葉を放たれる。「意識してるわけじゃないから!」という私の反論は、礼人が閉めた扉に跳ね返された。
 "意識してるわけじゃない"本音なのか強がりなのか、生憎自分自身でもわからなかった。



 私が着替えてリビングに行くと礼人は図々しくもお雑煮を食べていた。「おはよう。美琴も食べるでしょ?」というお母さんの声に頷き、礼人の隣の椅子に腰を下ろす。
 「めっちゃうまいよ!」と礼人が満面の笑みで言ってきたので、「よかったね」と幼い子に向けるような笑顔を返してしまう。ほんと、毒されてるなぁ、私。


 初詣を終えたその足で私たちは繁華街へと向かった。元日の繁華街は初詣帰りの人をターゲットにした出店が並んでいる。
 駅近くにあるカラオケ店を見て、竜生くんを思い出してしまう。このまま悲しみに浸ってしまいそうなので、私は礼人に何気ない話を振る。

「冬休みの宿題してる?」
「……それ俺に聞くー?まじで数学!数学ぅ……って感じ」
「わかる!」
「じゃあ、一緒にしよーぜー」

 苦手な2人が集まってどうなるものでもない気がするけれど……。ま、気分転換にはなるかな?と了承する。

「そういや、美琴も文系選択したんだよなぁ?2年生は一緒のクラスになれたらいいなー?」
「だね。修学旅行もあるしね。楽しみだよね!」

 礼人の未来には私が存在していることを、さりげない会話の中に感じる。そのことを嬉しく感じるよりも、竜生くんはやっぱり私のことを好きじゃなかったんだな、と。それを悲しく思う気持ちの方が大きいのだから、失恋から立ち直るのはまだまだ先の話になりそうだ。



 広場に置かれたベンチに座り、出店で買ったフライドポテトを2人で食べながら、なんとなーくあの日の話を持ち出した。

「清田さんとは結局喧嘩別れ?」
「ん?あぁ……あの後電話してみたけど、ブロックされてるっぽいねー」

 余程のことをしたのか?と思ったが、礼人のタチの悪さは本人が気付かぬうちに相手を傷つけているところだ。明確に答えられる原因がある方が余程救いになるなぁ、とも思う。
 それは私にも言えることだった。嫌なところがあれば気をつけて直すのに。好きになれなかっただんて、もう頑張りようがない。そもそも竜生くんが私に頑張ってほしいとは思っていないだろうけれど。

「まぁさー、結局俺が卑怯だっただけなんだよねぇ」
「卑怯……?」

 私は礼人の真意が分からず、言葉をそのまま繰り返した。

「美琴に振られるのが怖くて、幼馴染って立場を失うのが怖くて。で、利用した。俺のことを好きだって言ってくれる女の子の気持ちを利用してたんだよ、俺」

 そう言った礼人は続け様に「もう絶対にしないって誓うよ」と私を真っ直ぐ見つめ、言い切った。真摯な瞳が私の罪悪感を刺激する。"好意を利用している"それは正しく今の私そのものではないか。

「っあ!今俺に申し訳なく思っただろー?」

 図星すぎて言葉に詰まった私を、礼人の意地悪く細められた瞳が覗き込む。

「美琴が泣いてるのになにもできない、それが一番つらい。どんな理由だっていい。俺は美琴の側にいたい」

 これほどまでに熱烈に求められて絆されない人なんているのだろうか。私の脆弱な意思じゃそれを突っぱねることなど到底無理な話だ。「ありがと」と呟いた私を見て、礼人は「運命なんてクソくらえだねー」と満足げに笑った。