なんでわざわざデートなんかしたのよ!?しかもわざわざ観覧車で言うことなくない!?ってか、最後のキスは絶対しないでほしかった!!

 竜生くんの理不尽な行動に対して怒ることで、私は悲しみを感じないようにしていた。
 こんなカップルだらけの街中を振られたばかりで歩かなきゃいけないなんて、とんだ仕打ちだな!!涙なんて絶対流してやらない!!
 竜生くんの気持ちに薄々気づいて心の準備をしていたとはいえ、一貫性がなさすぎる言動に一喜一憂し、私は疲れていた。このまま家に帰りたくない。思いっきり愚痴りたいと思ったが、生憎適当な相手がいない。
 本当は礼人がいいんだけど、振っておいてこんなときだけ都合よく使うってどうなの?と思うし、そもそも今日は清田さんとデートしているだろう。大人しく帰るか、と私は最寄り駅で降りた。

 私が近所の公園付近を通った時、男女の揉める声が聞こえてきた。え、まさか亜美ちゃんみたいなことになってないよね?とすぐに警察に連絡できるようにスマホを握りしめた。
 声のする方に近寄ると、どうやら女の人が怒っているようで、ただの痴話喧嘩か、と安心した。安心したと同時にイラッとする。今は痴話喧嘩さえ妬みの対象になってしまうのだ。

「ほんとになに考えてるのかわかんない!どうせわたしのこと好きじゃないんでしょ!?」

 どこかで聞いたようなセリフだと思った。女の人がここまで感情を露わにしているのに男の方はなにも発言しない。いや、なにか言ってあげなよ!と心の中で突っ込む私は、野次馬根性丸出しで聞き耳を立てていた。

「……もういい!別れる!」

 あ、女の人がこっちに来る!と咄嗟にしゃがみ込んで隠れた。見つからないように自動販売機裏に隠れていたので、しゃがみ込まなくてもバレなかったと思うが身体が勝手に動いてしまったのだ。ガサッという音がし、逆にバレるだろー、と自分の行動を責めた。
 しかし激昂していた女の人にはその音は届かなかったのだろう。ずんずんと後ろを振り返ることなく歩いて行く姿に思わず「かっこいー」とこぼしてしまう。私なんて何度も後ろを振り返ったのに……。竜生くんは一度も振り返らなかったけれど。……あ、泣くわ、これ。

 私は声を押し殺し、存在を消すことに努めた。男の人がここから去って行くのを待っているのだ。早く出て行ってくれー、と願っていると、ブーブーと辺り一帯にバイブ音が響いた。はい、私ですね。まじで誰だよ!?と確認すると、ディスプレイには森脇礼人と表示されている。
 ごめん、今出られないですー、と心の中で謝罪をする。一度切れたと思ったらまた着信がある。そしてまた切れたと思えば間髪入れずに着信。一回目で出なかったら諦めてよ、とスマホの電源を落とそうかと考えていたときだった。

「ここかよー」

 と緩い声が上から降ってきて、私は「きゃー」と叫び声を出した。

「ちょ、ちょ、シーっ!俺、おれ!」

 私の顔を上に向かせ、しっかりと認識させながらそう言った相手は礼人だった。

「な、なんだ、礼人か……びっくりした」
「や、俺の方がびっくりだからねー」

 「電話したらバイブの音が微妙に聞こえてさ、まじでお化けかと思ったよ」と、礼人は身体を震わせる。お化けより生身の人間に襲われるかと思った私の方が絶対怖かった、と思ったが、驚きすぎて反論する元気もなかった。

「てか、なんでいるのよ?」
「えぇー?聞いてたんじゃないのー?」

 暫しの沈黙の後、「えっ!?さっき振られてたの礼人か!!」と驚きの声を上げた。礼人は「にっぶー」と苦笑いだ。

「まーた振られたの?あんなにラブラブだったじゃん」

 って、私も少し前まではラブラブだったじゃん……。自分の言葉で自分が傷ついてるなんて世話ないな、と肩を落とした。
 礼人はどうやらそれほどでもないらしく「なー?おっかしいよなぁ?」とヘラヘラしている。 そんな礼人を見て、なんで笑ってられる?とイラッとする。今の私は触れるものみな傷つける尖ったナイフぐらいに、心がささくれ立っているのだ。

「はぁ……で、電話はなんの用事だったの?」

 私が聞けば、礼人は言いにくそうに「あー」とか「うーん」とか唸り出した。続きを促すのさえ面倒になって、私はただ礼人を見つめて待つことにした。
 私の冷めた視線に気づいた礼人が「洗井くんと別れた……よね?」と嘘くさい笑みを向ける。少しでも空気を和らげようとおちゃらけてみたのだろうが、最悪な手段だったと思う。なんてったって私の心はトゲトゲのチックチクなのだ。

「なんで?」
「……え?」
「なんでそう思ったのよ?!」

 今日はクリスマスイブだ。腐ってもクリスマスイブなんだよ!!そんな日に誰が振られると思う!?あ、ここにももう一人いたわ!……ってコントか!!
 私の感情はジェットコースターのように乱高下していた。なんでここにきて我慢していた涙が出てくるんだろう。
 わぁわぁと子供のように泣きじゃくる私を、礼人が躊躇いがちに抱きしめる。ポンポンと心地良いリズムで背中を叩かれながら、私は礼人の腕の中で涙が枯れるまで泣き続けた。