待ち合わせ場所はいつもの駅前だった。今日はここから電車を乗り継いで動物園に行くのだ。
 

 デートコースを決めていた電話で、私が「動物園がいい!」と言うと竜生くんは意外そうな声を出した。

「えっ!イルミネーションじゃなくていいの!?」
「うーん……それも考えたんだけど、敢えての動物園もいいかなって」

 いったい何が敢えてなのか?言っている私もよくわかっていないが、竜生くんはそんなこと気にも留めず「よし!美琴が行きたいとこ行こう」と賛成してくれたのだった。

 私たちの目的地の動物園は園内に小さな遊園地も併設されていた。乗り物は小学生ぐらいまでの子を対象とした程度のものだけれど、そこには観覧車があった。私はそこでプレゼントを渡せたらなぁ、と目論んでいた。

 


 私が待ち合わせ場所の駅前に着くと、竜生くんはすでに到着していた。遠くからでも分かるのは抜きん出たスタイルの良さのお陰だ。
 竜生くんの元へ小走りで駆け寄ると、私の足音を捉えた竜生くんが、覗き込んでいたスマホから私へ視線を向ける。

「お疲れ。わ、かわいい!すごい似合ってる」

 私の姿を認めるなり最高の笑顔でそう褒めてくれた。昨日から必死で服を選び、朝から頑張って支度をした甲斐があったというものだ。特に大変な思いをしたつもりはないが、竜生くんに褒められたことで私の頑張りは報われた。

「ありがとー。竜生くんもめっちゃかっこいい!」

 私のその言葉には全人類が諸手を挙げて同意することだろう。
 竜生くんは、黒の細身のパンツに黒のタートルネックのニット、そしてその上にキャメルのロングコートを羽織ったスタイルをしていた。キャメルのコートの甘さとインナーのシックかつシンプルさが絶妙にマッチしている。
 この歳でロングコートをここまで着こなす人がいるかなぁ?いや、いないだろうなぁ。私が絶賛するほどに、竜生くんはロングコートが似合っていた。身長の高さと骨格との相性が良いのだろう。いつもよりさらにスラッと見える。

「嬉しい。めっちゃ悩んだんだよね、アウター」

 最初はオールブラックコーデにしようとしたらしいが、クリスマスデートには重すぎるか、とキャメルの方を着て来たらしかった。
 オールブラックコーデも絶対似合うだろう。だけど確かに圧倒的オーラ過ぎて、クリスマスデートというよりは、動物園には相応しくないかもしれない。だけどどんな格好でも、竜生くんが私とのデートの服装を真剣に考えてくれた、その事実に勝るものはなかった。


 
 竜生くんの部活が終わってからの待ち合わせだったので、動物園に着いた頃はもうすぐ夕方になろうかという時間だった。しかし動物園は思っていたより人が多い。そしてその大半は家族連れというより、私たちと同じカップルだった。

「ライトアップされるからかな?結構人がいるな」

 竜生くんも同じ感想だったらしい。
 動物園の通常営業は17時までだが、夏休みなどの長期休暇期間とクリスマスのライトアップ期間は時間を延ばして営業しているようで、今日も19時まで開園している。さすがにその頃には動物たちは休んでいるので、みんなライトアップが目的ということだろう。

「何から見に行く?」
「ライオン!」

 私の問いかけに竜生くんは即答した。「あ、熊とか虎でもいいけど……」その後付け足して答えられた動物たちを聞いて思う。竜生くんはどうやら、大きくて強そうな動物が好きみたいだ。

 ライオンの檻の前で竜生くんは「おぉー。強そー」とまるで小さな子供のような感想を漏らした。キラキラとした瞳が愛しいと、ただそう思った。
 ライオンを堪能した竜生くんは「次は美琴の見たい動物のとこに行こう」と提案をしてくれた。
「触れ合い広場は?」と聞くと「いいね!」と気持ちの良い返事。竜生くんが動物好きなことを知れた。それだけで今日動物園に来た甲斐があったな。




 私の希望で訪れた触れ合い広場には、うさぎ、モルモット、犬の3種類のブースがあった。「犬だ!俺犬も好きなんだよ」とはしゃぐ竜生くんに愛しさが募る。なんというか、これが母性だろうか?という気分だ。

「じゃあ犬を触らせてもらおう」
「え!?いいの!?やったー」

 嬉しさを微塵も隠さずに竜生くんは顔を綻ばせた。足元もスキップしそうな程嬉しそうだ。
 犬たちがいるブースに入る直前で餌を買った。ここでは触れ合いの他に、時間を区切って餌やりも体験させてもらえるのだ。

 私たちが餌を持ってブースに入ると犬たちが近寄ってきた。「わぁ、まじでかわいいな!」とはしゃいでいる竜生くんが一番かわいいと思う。「ね、かわいい」と微笑めば竜生くんは少し表情を曇らせた。……ざわり、と胸の奥の落ち着かない心地に、頭の隅の方に追いやった終焉の予兆がむくむくと存在を主張し始めた。


 
 一度気になってしまえば、考えたくなくても考えてしまうものだ。どうして手を繋いでくれないのだろう。どうして目を合わせてくれないのだろう。どうしてそんなに無理にはしゃいでいるのだろう。
 
 動物園を堪能した私たちは、園内のカフェスペースで軽食を食べながらライトアップを待っていた。日が落ちた園内には家族連れはおらず、幸せそうなカップルだけが身体を寄せ合っている。私たちもそう見えるだろうか。このぎこちなく開いた距離に「付き合いたてのカップルかな?」と思われていそうだな、とそんなことを考えていた。  
 自分でも呑気なことを考えてるな、と思う。だけどそれぐらい軽いことを考えていないと、すぐに浮かび上がってくる嫌な想像に押し潰されそうなのだ。

「お、もうすぐライトアップの時間だ」

 竜生くんはそう言いながら観覧車を見上げた。ここはクリスマスカラーにライトアップされる観覧車が一番華やかで綺麗なのだ。私も竜生くんに倣って観覧車を見上げる。
 時間になると同時にライトアップされた観覧車とその周辺の光景に胸が詰まった。街中のイルミネーションには逆立ちしても敵わないだろう。だけど、大好きな竜生くんとこの光景を共有している。その事実だけで良かった。
 また来年も観に来ようね。その言葉は心の奥にそっとしまった。

 私が観覧車を無言で眺めていると「観覧車乗るか」と竜生くんが席から立ち上がる。私は素直に明るく「うん」と返した。

 観覧車の列に並びながら竜生くんと他愛のない話をした。冬休みの宿題や3学期にも開催される球技大会のこと、来年のクラス替えのこと。先のことばかりを話した。だけどその会話の中に、私と竜生くんが一緒にいる未来は少しも含まれていなかった。
 
 私たちの番がきて、2人で観覧車に乗り込む。街並みの夜景を見つめながら竜生くんが「今日、楽しかったな」と噛み締めるようにこぼした。
 どうしてなんだろう。そんな風に言葉にするのに、確かに今日とても楽しかったのに。どうして私たちの関係を終わらせようとしているのだろう。もしかしてそれこそが私の勘違いではないのか?と楽観的に考えようとしたが、遠くを見つめる竜生くんの悲しげな瞳がその考えを否定する。

「楽しかったね。竜生くんの新たな一面を発見できたよ」
「……待って、それどんな一面だよ」

 動揺しながら今日のことを思い返している眉間の皺が愛おしい。

「俺変なことしたっけ?」
「ちがうよー。動物を見てはしゃいでた竜生くんが新鮮で可愛かったなって話」

 私がクスクス笑うと、竜生くんは「かわいいって……」と照れているような拗ねているような複雑な表情を見せた。

「美琴の前ではずーっとかっこいいままでいたかったよ」
「……でも、好きだな、って思ったよ。そんな竜生くんも」

 素直な気持ちだった。やっぱりこのまま付き合っていけるんじゃないかとさえ思うような、甘い空気が観覧車に漂った。
 竜生くんが正面から私の横に座り直したことにより、観覧車が傾き揺れる。

 挨拶のような軽いキスだった。だけど確かに触れ合った唇に、今日2人の間に鎮座していた別れの空気は私の勘違いだったんだ!と靄が晴れていくようだった。竜生くんの名前を呼んで、抱きつきたかった。

「ごめん……」

 それなのに竜生くんの口から出た言葉は私を拒絶する。それは何に対しての謝罪なのだろうか。

「別れたい。やっぱり俺、美琴のこと、好きになれなかった」