終業式が終わると、私は誰よりも早く教室を飛び出した。佳穂が「明日はクリスマスイブだもんねぇ」と生暖かい目を私に向けた。冷ややかな視線を向けられても今日の私はへっちゃらである。「気をつけなよ」と今にも転びそうな私を亜美ちゃんが気遣ってくれた。
 亜美ちゃんへの付きまといはあの日からなくなったようで、私も一安心だ。
 「じゃあ、またね」と私は元気に手を振って駐輪場へ向かった。明日は竜生くんと久しぶりのデートなのだ。しかもクリスマスイブデートだなんて、楽しみしかない。竜生くんは最近また以前のように私に接してくれている。もちろん、あの冷たくぎこちなかった時期はなんだったのだろう?とひっかかっている。だけど、それに触れてまた険悪になってもなぁ、と考えてしまって、問いただすことができずにいた。


 私が自転車の荷台に鞄を括り付けていると「美琴じゃーん」と言う礼人の声が聞こえた。礼人の隣には清田さんがピッタリとくっついている。どうやら上手くいっているようで、礼人よかったね、と心の中で呟いた。

「お疲れー。清田さんもお疲れ様です」

 清田さんは私の挨拶に会釈を返してくれた。しかも笑顔つきだ。やっぱり近くで見ても可愛いし、礼人ととてもお似合いだと思う。校内でキスしたり腕を絡ませたりするのは理解できないけれど、礼人が幸せそうで私まで幸せ。

「洗井くんは?」
「今日は部活だよ。礼人は部活ないの?」

 運動部は終業式後に部活をするものだと思っていた。礼人が言うには、剣道部は顧問の先生の都合により休みとのことだった。なるほど。

 私が2人に別れを告げようとした時だった。「まだ別れてないのかよ」と耳元で礼人に囁かれて、こいつまじかよ、と殺意を覚える。別れているかもしれないと思いながら洗井くんの話題を出したこともだが、それより彼女の前で他の女子に内緒話はないでしょ、という話だ。
 私は嫌悪感を露わに顔を歪める。しかしここで私が清田さんに「ごめん」と謝っても、煽ってるように感じないだろうか。絶対いい気分はしないよね。そう判断した私は「邪魔」と言って礼人から体を離した。
 結局、そういうデリカシーのないところが振られる理由では?いざという時には頼りになるよね、と最近礼人の評価を変えつつあったが、普段がポンコツすぎる。
 私は長く関わるのはごめんだ、と「じゃあ!」と短く別れの挨拶をし、駐輪場から出て行った。


 家に着いて制服を脱いだ私は、早速明日着ていく洋服を選ぶことにした。いつどこで吸血されるかわからない。できるだけしやすいものを選ぼう。そう思ってしまうのは、竜生くんに毒されすぎているだろうか。
 あれでもない、これでもない、と考えながら選んだのはニットのミニワンピースだった。ウエスト部分にはワンピースと同素材のやや幅広いベルトがセットされており、それを締めるとできるギャザーが着膨れを軽減してくれるのだ。首元もある程度開いているし、ロングブーツを合わせる予定なので膝上から腿下までも見える。
 これなら可愛いし、吸血もしやすいだろう。私は自画自賛しながらそのワンピースを丁寧に折り畳んだ。付き合う前に、何を着ればいいの!?、と礼人に助けを求めた自分を思い出す。たった5ヶ月程だが随分と成長したんじゃないだろうか。


 服を選んだ後はそれに合わせる鞄を選び、その中に荷物を詰め込んだ。お財布とハンカチ、ティッシュ。鏡と少しのメイク道具は、明日支度が済んでから入れよう。あと、忘れてはいけないのがクリスマスプレゼントだ。
 付き合ったときには竜生くんの誕生日が過ぎていたし、私の誕生日は2月とまだ少し先だ。だから、プレゼントを渡すイベントは明日のクリスマスイブが初めてなのだ。

 プレゼントは悩みに悩んで手袋にした。本当は礼人や亜美ちゃんに相談したかったのだけど、竜生くんは私一人で選んだ物の方が喜んでくれるような気がして、誰にも相談せずに決めたのだ。
 竜生くんは黒かなぁ、と思った。部屋も真っ黒だし、竜生くん自身も白というよりは黒というイメージなのだ。黒地に雪の結晶柄とかレトロで可愛いぞ、と手に取った手袋の横に白地に赤いハート模様の手袋を見つける。か、かわいい。
 私の好みはこっちだけど、竜生くんには可愛すぎるし、なによりイメージとかけ離れている。だけど、そんなチグハグな手袋をした竜生くんを見てみたいと思った。だけど、ダメダメ。プレゼントは相手のことを想って選ばなくちゃ。
 思い直した私は最初に選んだ手袋を手に取る。だけどどうしてもハート柄の手袋が可愛いすぎて、こっちは礼人にあげるか、と両方連れて帰ってきてしまったのだ。

 竜生くん用のプレゼントを鞄に入れながらふと思う。……礼人にプレゼントあげるのはまずいよね!?しかも身につけるものだ。
 どうやら私も礼人のことを非難できないみたいだ。ずっと一緒にいすぎて距離感バグってるかも……ほんと気をつけよ。
 ハート柄の手袋は私には大きすぎる。無駄になったな……と思うが仕方ない。プレゼント包装されたままのそれを、クローゼット内にある棚の中にしまった。