次に竜生くんの姿を見たのはバレーのコートの上だった。1年7組と1年2組の試合なので、あちらには清田さんが応援に来ていた。やっぱり可愛いから目立つな、と引きで見た清田さんのスタイルの良さに驚愕する。
 なんだかギャラリーが多い気がするのは、やっぱり『洗井くんブームの再来』なのだろうか。

 2組のサーブからスタートする。やはり男子がするスポーツは音も大きいし、動きもダイナミックでとても華やかだ。みんな上手いなぁ、と思う。だけどついつい目で追ってしまうのは、竜生くんと礼人なんだよなぁ。って、これは完全に身内贔屓に近しいものなのかも。
 でも、周りのギャラリーたちの反応を見ていても、やっぱりそうだよなぁ。竜生くんと礼人にボールが渡った時の歓声がすごい。礼人なんて評判が地に落ちてるだろうに、まだまだ人気なんだなぁ、と思わず感心してしまった。
 だけどこれ、他の子はやりにくいんじゃ?と心配してしまう。それぐらいに悲鳴に似た歓声があがるのだ。

「やっぱりかっこいい男子の汗と筋肉っていいよね」

 佳穂はふざけるようにそう言ったけど、割と本気だと思う。それに私も全面的に同意する。
 竜生くんを食い入るように見つめて、あれ?と違和感に気づく。なんか苦しそう……?

「ね、ねぇ、竜生くんなんか変じゃない?」

 私は隣に座っている亜美ちゃんに問いかけた。竜生くんのことを昔から知っていて、よくわかっている亜美ちゃんなら気づいているかもしれないと思ったのだ。だけど返事は「そう?変てどこが?」というものだった。あれー?私の勘違いなのかな?

「うーん、なんか体調悪そうというか……うーん?」
「わかんない。あのスパイクの決め方見てると、絶好調っぽいけどね」

 亜美ちゃんが言うように、竜生くんはこの試合中に何度も強烈なスパイクを決めていた。確かに……私の気のせいかな?と気を取り直して応援しようとした時だった。竜生くんが膝から崩れ落ちたのだ。なんとか踏みとどまり倒れることはなかったが、周りは騒然とし、試合は一時中断となった。
 私は誰に断ることもなくコートに近づく。竜生くんは体を支えようとしてくれた男子たちに「大丈夫、一人で行けるから」と試合に戻るように促していた。
 コート外に出た竜生くんに先生が近寄り「保健室に行こう」と彼の体を支えた。

「大丈夫です。軽い貧血っぽいので、一人で行きます」

 ハキハキとした口調に先生も安心したのか「気をつけて行けよ」と竜生くんを送り出した。私はその後を急いで追いかける。

「たつきくん……」

 私が小声で呼ぶと、竜生くんは私がついて来ていることなどわかっていたかのように「ああ」と呟いた。「大丈夫?私も一緒に行っていい?」と顔を覗き込んでも、視線が合わない。故意に逸らされた視線の意味を私は理解したくなくて、無言で後を追った。



 あれ、どこに行くんだろう。体育館を出た竜生くんは保健室には向かわず、ズンズンとどこかに歩いて行く。私は訳もわからないまま、その後をついて行った。

 竜生くんが向かったのは職員室だった。「失礼します」と扉の前で挨拶をした後、職員室に残っている先生に「忘れ物をしたので教室の鍵を借りに来ました」と丁寧にお願いをした。
 先生から手渡された1年7組の鍵を手にしたまま、竜生くんはまた無言で歩いて行く。このままついて行ってもいいのだろうか、とふと不安な気持ちになった。私がぴたりと歩みを止めると、後ろを振り返った竜生くんが「時間がないから、早く」と私を急かした。ついて行ってもいいんだと、嬉しくなって横に並んで歩いた。だけど、会話は一切なくて、私の心はまた暗く沈んだ。

 鍵を開けて入室するなり、竜生くんは私を扉に押し付けて唇を合わせてきた。今までの険悪な張り詰めた空気からは想像できなかった行為に、身体が強張る。

「んんっ、や、だ!やめてっ」

 私が行った明確な拒絶はこれが初めてだと思う。拒絶された竜生くんよりも、思わず口に出してしまった私の方が驚いていたぐらいだ。
 ごめん、と謝りそうになったが、私が嫌だと感じたことは事実なのだ。ここで謝るわけにはいかなかった。沈黙が流れて、竜生くんは「はぁ」と深いため息を吐いた。それは私に対する完全な拒絶だった。

「出よう」

 「忘れ物をしたので」と先生に説明して鍵を借りたのに、竜生くんは自分の席に立ち寄ることもせず教室を出た。

「ね、どうしたの?体調は?平気?」

 私の問いかけに教室の施錠をしながら「大丈夫」と短い返事をした竜生くんは、私の顔を一切見ないで歩き出した。

「待って!なにかあるならちゃんと言って」

 私の想いに竜生くんが足を止める。そしてそのまま、竜生くんは廊下の真ん中で私を強く抱き締めた。次に躊躇うようにこめかみに柔らかなキスを。それから流れるように首筋にもう一度。そのまま喉元に歯を突き立てるような熱いキスを……してくれると思っていたのだ。しかし最後のそれはされることはなかった。喉元に唇をあてる直前で、竜生くんは私の体を引き剥がし距離をとった。

「ごめん……考えさせてほしい」

 それだけ言い残して竜生くんは一人で歩いて行ってしまった。その場に一人取り残された私はただ呆然と立ち尽くし、幸福の終わりを感じていたのだ。