えー、まじでめっちゃイチャつくじゃん。
 私はイチャつき始めた2人を目の当たりにし、苦笑いをこぼした。

 ここはバレーの試合を行っている会場である。清田さんも礼人もバレーを選択していたようで、自分のクラスが試合をしていないときは常に2人でくっついている。
 見たくないんだけど、堂々と濃厚なイチャつきをされたらどうしても目で追っちゃうんだよね!ほんと勘弁してよ、というのが本音だ。

「えぇ……あんなイチャついてんだね?」
「や、私なんて朝からキス見せつけられたからね?」

 さくらちゃんと佳穂も嫌悪感を隠さずに2人について話している。亜美ちゃんに至っては、もういないものと認識しているようで、存在ごと無視だ。
 今まで彼女はいたけど、こんなことしなかったじゃん……。やっぱり大切な人の悪評は聞きたくないよ。私はわかりやすく肩を落とした。

「美琴!もうすぐ試合だよな」

 私が落ち込んでいると、爽やかな笑顔で竜生くんが駆け寄ってきてくれた。なんだかいつもより清らかで眩しく感じる。「そうだよー」と返せば「応援してるからな」と、これまたお手本のような笑顔。キランって効果音が付きそうだ。

「ありがと!竜生くんはおめでとうだね!見てたよー」

 先程竜生くんが2年生としていた試合は、見事1年7組が勝利したのだ。「ありがとな。応援が心強かったよ」だなんて、最高の彼氏すぎない?

「なぁ、美琴って運動、苦手だったよな?」

 竜生くんは言葉をためらいがちに紡いだ。私が傷つくかも、と心配してくれているのだろう。だけど私の運動音痴は今に始まったことではないので、全く傷つかない。もう自分自身の運動能力にはきっぱりと諦めをつけている。

「うん、めっちゃ苦手!バレーもさ、狙ったとこにいってくれないどころか、打ち返せるか心配なんだけど」

 はっきりと言い切れば、「打ち返そうとしなくていいから!ちょっとでも上げてくれたらいいから!」と、なんとも心強いお言葉をその場にいた3人からいただいた。竜生くんは苦笑いだ。

「あ、でもねでもね!最近、なーんか体が軽いというか……前ほど体育にも苦手意識なくなってきたんだよ!それに最近こけてないし!」
「うんうん。わかった!とりあえずみーんないるから、美琴は心配することないからね」

 佳穂が言ったことを聞いて、私のこと戦力外って思ってるなぁ?、と闘争心に火が付いた。ふふん、確かに運動音痴だけど頑張るんだから!
 私が一人、心の中で誓いを立てていると、「味方が心強いから安心だな。みんなよろしく」と、みんなに向かって竜生くんが頭を下げた。
 思わぬことに佳穂とさくらちゃんも慌てて「こちらこそ」と頭を下げた。え、なんなの……夫婦みたいじゃん……。みんな(俺の美琴を)よろしく、ってことでしょ!?
 私がにやけ顔を抑えられないでいたら、「おーい、洗井!俺ら飲み物買いに行くけど?」とクラスの男子が竜生くんを誘う声が聞こえた。竜生くんは「俺も行くわ!」と男子に返事をする。そして「じゃ、また後でな!」と私の元を颯爽と去って行く竜生くん。私はその後ろ姿に手を振った。


「っかーっこいいー!!」
「ザ!好!青!年!って感じね!」
「森脇くんブームがもう終わったから、また洗井くんブームやってくるんじゃない?」

 竜生くんが去った後、佳穂とさくらちゃんだけならまだしも、亜美ちゃんまで茶化してくるもんだから、途端に恥ずかしくなる。

「え、ブーム戻ってくるとか絶対嫌なんだけど……!」

 なんとか平和にやってこれた2学期。終盤に揉め事に巻き込まれるなんて絶対に嫌だ!私は小刻みに首を横に振り、精一杯の拒絶を伝えた。


 やっぱり体が軽い!!試合が始まり、サーブを打とうとボールを投げた瞬間に感じた。上手にボールの中心を捉えたからか、私の打ったボールは綺麗な弧を描いて相手コートへと落ちた。サービスエースじゃん……!
 試合前の不安はなんだったんだろう。そりゃバレーめっちゃ上手じゃん!とまではならいが、人並みには出来てる自信があった。
 蓋を開けてみれば私たち1年7組の勝利だ。嬉しくて同じチームの子とハイタッチで喜びを分かち合う。「美琴、すっごい頑張ってた!」とみんなから褒められてただただいい気分だ。
 次の試合が始まるのですぐにコート脇にはけた私は、キョロキョロと竜生くんの姿を探した。試合中は余裕が無さすぎて、姿を確認することを忘れていたのだ。……というか、出来なかったと言った方が正しい。
 
 あ、いた!私が見つけたとき、竜生くんは何かを考え込むように顎に手を当てていた。生憎ここからでは細かい表情までは見えないが、なんとなく険しい顔をしている……ような?うーん、わかんない。徐々に首が傾いていく私と竜生くんの目が合う。竜生くんは取り繕うように笑顔を見せた。
 試合の入れ替えでコート付近に人が大勢集まっている。私は人混みを縫うように竜生くんの元へと急いだ。なんでだろう。今すぐ近くに行かなければいけない気がしたのだ。
 「ごめんなさい」とぶつかりそうになった人に謝りながら足を進める。急ぎすぎた代償だろう、誰かの足に引っかかり、私は体勢を崩した。久しぶりにこけるかも、と思ったのだが、「あぶなー」という声と共に体を抱きとめられた。
 「ごめんなさい」という言葉はその声の人物の顔を見た途端小さくなり、結局最後まで言い切れなかった。

「相変わらずよくこけることで」
「ごめん、ありがとう」

 支えてくれている腕を解き、先程言い切れなかった謝罪の言葉をはっきりと口にする。その後竜生くんを確認するが、彼の姿はもう見当たらなかった。……どこに行ったんだろう。竜生くんは迷子になってしまうような年齢ではないのだ。友達付き合いだってあるし、私にだけ合わせて行動することなんて不可能だ。
 だけど、なんとなくわかる。竜生くんは私と会いたくなかったんだな。
 だけど、全然わからない。さっきまであんなに優しかったのに。どうして私と会いたくないんだろう。

「おい、大丈夫か?!」

 礼人の焦ったような声に引っ張られ、私ははっきりとした意識を取り戻した。

「う、うん。大丈夫。支えてくれてありがとね」

 お陰で転ばなくて済んだ。あれ?そういえば清田さんは?と言いかけてやめた。礼人たちもずっと一緒にいるわけではないのだろう。
 礼人は私としっかり目を合わせ、変わったことがないか確認した後に「気をつけなよー」と言って去って行った。しかも頭を撫でるオプション付きだ。彼女とあんだけ毎日毎日イチャイチャしすぎて、私との距離感もバグったのか?と少し心配になった。