普段は遊ぶことのないクラスメイトと親睦を深めるせっかくの機会だ。私は気持ちを切り替えて打ち上げを楽しんでいた。
 盛り上がりすぎて暑くて、ジュースを飲み過ぎたせいだな。私はトイレに行こうと席を立った。廊下に出て涼みながらトイレを目指す。今何時だろ?と持って出てきたスマホで確認をすると、10分ほど前に竜生くんからメッセージがきていたことに気づいた。

 『302号室に来て』だけのシンプルなメッセージに、思わず「どゆこと?」と独り言を呟いてしまった。シンプルすぎて逆にわからない事態になっている。
 私たちは5階の2部屋を利用している。それなのに3階とはどういうことだ?とりあえず尿意が限界にきていたので、私は急いでトイレに駆け込んだ。
 手を洗い終わった後、もう一度メッセージを読み返してみても、竜生くんの真意がさっぱり伝わってこない。私は素早く『どゆこと?』と独り言をそっくりそのまま送り返した。
 カラオケルームに戻った途端、私のスマホに着信があった。発信者はもちろん竜生くんだ。私は戻ったばかりの部屋から、再度退出を余儀なくされた。目が合った佳穂とさくらちゃんにスマホを振って着信があったことを知らせ、ごめん、と口を動かして廊下に出た。

「もしもし?どうしたの?」
『……302号室を取ったから、そこに来てほしい』

 電話をしても全く情報が増えなかった。私がわかったことは、とりあえず302号室に行かなければいけない、ということのみだ。
 再度部屋に入り、「用事ができたから少し席を外す」と佳穂に耳打ちをした。さくらちゃんは私の方を気にしながら歌っていた。今流行っているアイドルの歌だ。
 佳穂は私の表情から「洗井くんかぁ」と察したらしい。「オッケー!なんかあったら連絡するね」と軽い返事で私を送り出してくれた。一応同じカラオケルームの子たちにも目配せをし、手を振る。みんな「どうしたの?」という顔をしながらも、手を振り返してくれた。



 エレベーターは時間がかかりそうだったで、階段を利用した。指定された302号室は階段の近くにあった。
 トントントン、と普段よりも大きめに扉をノックする。すぐに扉が開けられたかと思うと、竜生くんに腕を引っ張られ部屋に通された。そんなに強い力ではなかったが、突然過ぎてつんのめる。「わっ」と短い悲鳴と共に竜生くんの胸元に顔をぶつけた。胸元というかほぼ肩だ。骨が痛い。

「ごめん……大丈夫?」

 心配そうに謝ってくれた竜生くんの声は、いつもより余裕がなかった。その声を聞いて「血が吸いたくなった?」と思ったままを告げる。竜生くんはその言葉を聞くなり、私をソファに押し倒して唇を奪った。

「んっ、はっ……たつきく、んっ」

 キスの合間に漏れる息が私を責め立てる。竜生くんは一向に吸血鬼行為に移ろうとはせず、ひたすらに唇を合わせてきた。

「はぁっ……なにを隠してる?」
「はっ、はぁっ……っえ、なに?」

 やっと離されたと思ったら、竜生くんの有無を言わせない眼差しが私を捉えた。だけど散々激しく口付けられて、酸欠状態の脳では理解が追いつかない。
 竜生くんは私を抱き起こしソファに座らせた後、テーブルに置いてあったコップの水を飲ませた。

「で、なにを隠してる?」

 私の息が整ったことを見届けると、竜生くんはまた尋問を開始した。だけど私は言葉に詰まってしまう。そんな私を見かねたのだろうか。竜生くんは「森脇くんかな?」とゆっくりと丁寧に礼人の名前を紡いだ。ぞわり、と肌が粟立つ。

「告白でもされた?」

竜生くんの低い声が地を這うように発せられた。私はその声に引きずられるように肯首し、「でも、その、ちゃんと断ったから」と情けない声を出した。

「……そう。告白されてどう思った?嬉しかった?」

 どうしてそんなことを聞くんだろう。私は何も言えなくてただ首を横に振る。
 「こっち、おいで」と竜生くんの膝の上に招かれた。優しい口調なのに、逆らえない。竜生くん、なにを怒ってるんだろう……。私はおずおずと膝の上に腰を下ろした。
 この格好、恥ずかしすぎる……!竜生くんにかわいいと思ってほしくて選んだ、少し大人めなストレートラインのワンピースが、もう少しでパンツ見えそう、というところまで捲れ上がった。
 いつも見上げている竜生くんの顔が私の胸に触れそうな位置にある。も、ほんとに無理……羞恥に泣き出してしまいそうだ。

「ふっ、泣きそうな顔してる」

 そりゃそうだよ、と思う。誰のせいだと思ってんの?と詰め寄りたかったが、いざ口から出た言葉は「恥ずかしいこと、しないで」となんとも情けないものだった。

「あー!もうっ!」

 突然声を荒げた竜生くんに驚き、お尻が落ちそうになる。それを竜生くんの手が慌てて支える。そのままグッと力を入れられ、身体ごと竜生くん側に引き寄せられた。より密着してしまった身体に、もうどうにかなってしまいそうな気分だ。
 竜生くんが顎を上げて顔を近づける。竜生くんの望みを汲み取り、私も顔を近づけた。

 テレビの電源を落としたカラオケルームは、近くの部屋の歌声が微かに聞こえてくるぐらいでとても静かだ。その部屋に唾液が混じり合う音が充満している。その水音で耳を犯され、正常な判断はできなくなっていた。腰が勝手にゆらゆらと前後に揺れるのを止めることができない。ほぼ意味をなしていないワンピースの生地とパンツ越しに感じる竜生くんの熱に、はしたなくこすりつけてしまう卑しい私を許してほしい。

「……拷問だな」

 唇が離れたと思ったら、竜生くんはそんなことを苦しげに口走った。拷問?それは私のセリフだと思う。こんなの耐えられない。穴があったら今すぐ入ってしまいたい羞恥に悶えながら、身体は自分勝手に快感を求めているのだ。
 唇が離れてもなお私は腰を揺らし、迫りくる快感に身体を痙攣させながら、もっともっとと享受している。

「あっ、たつきくん、どうしよ、……きもちい、」
「ちょ、っと、ほんと黙って……」
「うぅ……ごめんなさ、い」

 竜生くんは、はぁ、と深いため息を吐いた。もしかして呆れられたかな?と不安が一気に襲う。下品で堪え性のない女だと思われたかもしれない。

「違うから。……気持ちを落ち着けようと思って」

 私の不安を拭うように、竜生くんが頭を撫でてくれた。そして私を膝の上からソファへと移動させる。よかった、終わった……と自分の収まらない熱を持て余しながらも、胸を撫で下ろした。
 しかし、安堵をしたのも束の間。私の前の床に片膝をついた竜生くんが、私の右足を持ち上げて露わになった太ももをベロリと舐めた。
 突然の出来事に「やぁっ、」と思わず拒絶の声があがる。その中に多分に含まれた情欲については無視してほしい。
 竜生くんは私の形だけの拒絶など気にも留めず、何度か舌先や全体を巧みに使用し、私をまた快感の地獄へと引き摺り込んだ。
 もう触ってほしい。一番疼いているところを触ってください、と懇願しそうになった。それを止めたのが、いつものつきりとした皮膚を傷つけた痛みだった。
 あ、だめ。そう感じた瞬間に身体中を快感が支配する。今までよりさらに強い快感を吸血行為によって与えられ、私はあっけなく絶頂したのだ。

「はぁっ、はぁ……」

 息も絶え絶えで、言葉が出てこない。涙で滲む目で見た竜生くんは、先程齧り付いた私の太ももを食い入るように見つめていた。
 どうしてそんなに苦しそうな顔をしているのだろう。悲しいなら、辛いなら、私がぜんぶ受け止めるのに。
 私は朦朧としながら、そんなことを思っていた。