礼人を振った翌日、私はため息を吐きながら打ち上げに行く準備をしていた。
 メイクをしながら、着替えながら、何度もため息を吐くものだから準備が一向に進まない。お昼過ぎの待ち合わせのため昼食は家で食べようと考えていたが、どうやらそんな時間はないみたいだ。
 なんとか支度を終え、誰もいない家に向かって「いってきます」と告げ、待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所は繁華街の駅前だ。


 
 私が駅前に着いた頃には、参加者の半数以上がすでに到着していた。その中には竜生くんもいて、私の方に「おはよ」と歩いて来た。
 あ、顔見れないかも、と咄嗟に思う。やましいことなど一つもないのに。私は「おはよー」と軽めの挨拶だけをし、「あ、さくらちゃん!」と友達に逃げた。鋭い竜生くんのことだ、きっと私の違和感に気づいただろう。

 その後すぐに参加者が全員揃ったので、目的地であるカラオケを目指した。まぁ、集合場所とカラオケは目と鼻の先にあるのだけど。
 私は極力竜生くんの方を見ないように、佳穂とさくらちゃんと話しながら歩いた。ちなみに亜美ちゃんは、塾があるため不参加だ。
 バレないように一瞬盗み見た竜生くんは、私と同様に友達と話しながら歩いている。その姿を見れば私のことなんて気にしていないように見えて、安堵の息を漏らした。



 カラオケに着くと、この会の発起人である白岡さんと平松さんが受付をしてくれた。参加者はクラスの3分の2程度だったので、事前に予約をしてくれていたのだ。

「ごめん……手違いで2部屋に別れちゃった……」

 と受付から戻ってきた2人は申し訳なさげに、顔の前で手のひらを合わせた。「いいよ、気にしないで」との声が上がる。本当にその通りだ。打ち上げの企画と予約までしてくれたのだ。それぐらい全く気にしなくていい。
 「ごめんね」と再び謝った2人は、参加者をざっくりと2部屋に分けた。普段から仲の良い子と一緒の部屋がいいだろう、と配慮があったので、私と佳穂とさくらちゃんは同室だ。竜生くんとは別れてしまったが、今の私にとってはありがたかった。

 同室の子たちと案内された部屋へ向かっていると、佳穂が周りを気にしながら「大丈夫なの?」と聞いてきた。大丈夫?なにが?
 あまりにも心当たりのない唐突な「大丈夫?」という言葉に、私は頭をフル回転させたがやはり思い当たることはない。……パッと頭に浮かんだ礼人とのことは誰にも言っていないので、すぐに除外した。
 頭にはてなマークをたくさん浮かべた私を見て、佳穂は「洗井くんだよ。白岡さんたち絶対なにか企んでるよ」と先程よりも声を潜めてそう告げる。それを聞いたさくらちゃんも何度も頷き、「わたしも思ったー!」と同意した。
 佳穂が言うには「たぶんあっちの部屋に清田さん呼ぶんだよ」ということらしかった。それを聞いて、クラスの打ち上げに他クラスの子呼ぶかー?、というのが素直な感想だ。そんなん大顰蹙じゃん、と思うのだ。
 「いや、奴らはするよ」とさくらちゃん。「ね、するよね」と佳穂。彼女たちの口振りは確信を得ているようだった。
 私たちはカラオケルームに入ってもこそこそとその話を続けた。もちろん、誰かが歌ってるときは全力でそちらに集中だ。

「何のために?」
「そんなん洗井くんと近づくために決まってるじゃん!」

 そんなの論ずる価値もない、と佳穂は言い切る。

「でも竜生くん、そういうことされるの嫌がりそうだけどなぁ……」
「可愛けりゃなにしても許されると思ってんのよ」

 それは些か偏見過ぎやしないか?と思ったが、さくらちゃんの「わかる!」という力強い言葉に、私の発言権は奪われた。
 ふむ。仮にそうだったとして……それは清田さんと竜生くんの問題なので、私がどうこうすることはできない、と思った。そりゃ不安だし、2人がこの薄暗いカラオケルームで並んでいるところを想像するだけでムクムクと嫉妬心が湧き上がるよ?だけど、今私に何ができるのだろう。
 私ができることと言えば、竜生くんにずっと好きでいてもらうために、私自身が魅力的な人になることだけだ。

「そうだったとしても、私は竜生くんのことを信じてるから」
「……美琴、大人ぁ……かっこいい!」

 佳穂とさくらちゃんは感動してくれたが、私は自分自身に嘲笑を向けた。
 信じるって、なにをだろう。竜生くんからの好意は伝わってくる。だけど直接「私のこと好き?」と確認しないのは、否定されることが怖いからだ。そしてもっと恐ろしいのは、関係を解消されることだ。
 私と竜生くんを繋ぎ止めているものは、確実に吸血行為だ。それは簡単に誰にでも打ち明けられるものではない。だから甘んじて私で我慢してくれているかも?という疑念を取り払うことができないのだ。
 竜生くんは吸血行為を余程忌み嫌われるものだと認識している、……と思う。しかし、正直なところ、私は嫌悪感も恐怖心も抱いたことなど一度もないのだ。だってこちらに何一つデメリットがないのだから。俗な表現をすれば、愛撫のようなものだ、と思っている。
 もし、竜生くんに好きな人ができてその人と両思いになったら?きっとその人は私がそうしたように、吸血行為を受け入れてしまうだろう。そうなれば私はお役御免だ。
 
 信じるってなにを?竜生くんの気持ちを一番疑っているのは、紛れもなく私自身なのに。
 信じるって便利な言葉だ。それを言うだけで固い絆があるということを示せるのだから。