▼
2回目の警備巡回も礼人とのペアだ。前のグループの子からトランシーバーを預かって、腕章をつける。
「やー、平和だねぇ」
私たちがしたことといえば、落とし物を拾うぐらいだ。トラブルと呼べるトラブルもなく時間が過ぎていく様は、平和以外の何物でもないだろう。
「てか、美琴のとこのお化け屋敷めっちゃ怖かったんだけどー」
思い返したように言うと、礼人は恐怖に体を震わせた。
教室から出てきたときはそんなこと微塵も感じなかったけどねぇ……カッコつけたくて怖いの我慢してたなぁ?
私はじっとりとした目で礼人を睨んだ。
その目を向けられることに心当たりがあるのだろう。「なんだよー」とだけ言って、礼人は居心地が悪そうに視線を逸らした。
「鼻の下伸びてましたけどねぇ」
「いや!伸びてないからねっ!」
「絶対に伸びてましたー」
私が自信満々に言い切ると、礼人は観念したように「そりゃ俺だって男なんだからさー、しょうがないじゃん」と白状した。あまりにも素直な開き直りに私は声を出して笑う。
「素直!清田さんかわいいもんね」
仕方ない仕方ない、と私も礼人のデレデレ具合を正当化した。
「……洗井くんも絶対鼻の下伸ばすよ、あんなことされたら」
意地悪な発言である。しかし、なるほど。竜生くんもそうだろうか、と想像してみたが、ダメだ。デレデレしているところがイメージできない。
「やー、どうかなぁ。竜生くんはニコニコしながら、絶対腕は解くと思うなぁ」
うん、それなら想像できた。
「なに?私の彼氏は特別ですぅ、って?」
嫌に棘のある言い方をするなぁ、と思った。別に礼人の言動を批判しているわけではないのに。ただ、竜生くんならそうすると思ったことを言ったまでだ。
「俺は?俺って、美琴にとってなに?」
「……へ?全然話が繋がってないんだけど」
「いいから!なに?」
なに?ってなに?怖いんだけど……。高校生になってからの礼人は不安定で、どこに地雷が埋まっているのかわからない。これが思春期ってやつか?
「や、なにって……幼馴染の男友達だけど……」
私は少し怯えながら、そのままを発言した。それ以上でもそれ以下でもないんだけど、という話だ。
「はぁ……ま、そうだよなぁ。俺が美琴のこと好きだって、ちっとも考えたことないだろ?」
え?なんて?好き?礼人が私を?
やっぱりそうだったんだ、という気持ちと、困る、という気持ちがせめぎ合う。
「こ、こまる……」
自然と口から出た言葉は、言ってはいけないものだった。
▼
私たちのヴァンパイア城を模したお化け屋敷は盛況のうちに幕を閉じた。文化祭が終わるとみんなで後片付けを行い、明日の打ち上げ場所と時間を確認して解散となった。
「美琴、一緒に帰ろう」
吸血鬼の衣装を脱いで、メイクも落とした竜生くんがそう声をかけてくれた。嬉しいのに上手く笑えない。それはきっと、礼人のあの今にも泣き出しそうな笑顔を思い出すからだ。
私が「困る」と言ってはいけない言葉を口にしたあと、礼人は「だよなー、困るよなぁ?」と私に同意をした。それからはいつもの礼人だった。それは、さっき告白されたよね?、と疑ってしまいそうなほどにいつも通りの礼人だった。
そして警備巡回が終わる頃、「困ると思うけど、知っておいて。俺、美琴のことが好きなんだ」と泣き出しそうな笑顔で告げたのだ。
知っておいて。それが礼人の唯一の望みなのかな。私は礼人にいじらしさを感じた。そんなことが唯一の望みなら、それを叶えてあげるぐらい許されるのでないか。礼人の気持ちを知っておくこと、それは罪ではないでしょう?
「どした?午後ぐらいから元気ないなーと思ってたんだけど。疲れた?」
校門を出た辺りで竜生くんは私を心配する言葉と共に、腰を折って顔を覗き込んだ。「大丈夫だよ!」と元気良くにこりと笑ったはずなのに、竜生くんは納得していないことを表すように、眉を顰めた。
「そ?俺の勘違いかな?元気ならいいんだ」
竜生くんはやっぱり私よりずっと大人だ。気持ちを誤魔化してるな、と気づきながら、私が言いたくなさそうなことを理解して、深く追求してこない。きっと私が竜生くんに助けを求めたら、全力で話を聞いてくれて、力になってくれるだろう。だけど、私は言えない。
無理にでも言わせようとしつこく聞いてくれたなら、私は打ち明けてしまうだろう。そしてこの苦しさを竜生くんにも背負ってもらうの?そうしてほしいような……いやいや、それはあまりにも身勝手だ。やっぱり言うべきじゃないな。
私は礼人のことを考えたくない一心で、竜生くんとの会話が途切れないように一生懸命だった。
「明日の打ち上げ行くよね?」
「うーん……俺カラオケ苦手なんだよね」
竜生くんにも苦手なことってあったんだ、と一番最初に驚きがきた。しかもカラオケが苦手って……かわいすぎるじゃん。
「まぁ、歌わなくてもいいんじゃん?」
「かなぁ?なら行こうかな。美琴も行くよな?」
竜生くんの問いかけに「うん!」と勢いよく頷いた。私の満面の笑みを見て、竜生くんは安心したように微笑む。心配してくれてたんだなぁ……。竜生くんに余計な心配も無用な不安も与えたくない。
告白に対しての返事はいらなさそうだったけど、竜生くんと私のために「気持ちに応えることはできない」と礼人に伝えさせてもらおう。私はそう決意して竜生くんと別れた。
2回目の警備巡回も礼人とのペアだ。前のグループの子からトランシーバーを預かって、腕章をつける。
「やー、平和だねぇ」
私たちがしたことといえば、落とし物を拾うぐらいだ。トラブルと呼べるトラブルもなく時間が過ぎていく様は、平和以外の何物でもないだろう。
「てか、美琴のとこのお化け屋敷めっちゃ怖かったんだけどー」
思い返したように言うと、礼人は恐怖に体を震わせた。
教室から出てきたときはそんなこと微塵も感じなかったけどねぇ……カッコつけたくて怖いの我慢してたなぁ?
私はじっとりとした目で礼人を睨んだ。
その目を向けられることに心当たりがあるのだろう。「なんだよー」とだけ言って、礼人は居心地が悪そうに視線を逸らした。
「鼻の下伸びてましたけどねぇ」
「いや!伸びてないからねっ!」
「絶対に伸びてましたー」
私が自信満々に言い切ると、礼人は観念したように「そりゃ俺だって男なんだからさー、しょうがないじゃん」と白状した。あまりにも素直な開き直りに私は声を出して笑う。
「素直!清田さんかわいいもんね」
仕方ない仕方ない、と私も礼人のデレデレ具合を正当化した。
「……洗井くんも絶対鼻の下伸ばすよ、あんなことされたら」
意地悪な発言である。しかし、なるほど。竜生くんもそうだろうか、と想像してみたが、ダメだ。デレデレしているところがイメージできない。
「やー、どうかなぁ。竜生くんはニコニコしながら、絶対腕は解くと思うなぁ」
うん、それなら想像できた。
「なに?私の彼氏は特別ですぅ、って?」
嫌に棘のある言い方をするなぁ、と思った。別に礼人の言動を批判しているわけではないのに。ただ、竜生くんならそうすると思ったことを言ったまでだ。
「俺は?俺って、美琴にとってなに?」
「……へ?全然話が繋がってないんだけど」
「いいから!なに?」
なに?ってなに?怖いんだけど……。高校生になってからの礼人は不安定で、どこに地雷が埋まっているのかわからない。これが思春期ってやつか?
「や、なにって……幼馴染の男友達だけど……」
私は少し怯えながら、そのままを発言した。それ以上でもそれ以下でもないんだけど、という話だ。
「はぁ……ま、そうだよなぁ。俺が美琴のこと好きだって、ちっとも考えたことないだろ?」
え?なんて?好き?礼人が私を?
やっぱりそうだったんだ、という気持ちと、困る、という気持ちがせめぎ合う。
「こ、こまる……」
自然と口から出た言葉は、言ってはいけないものだった。
▼
私たちのヴァンパイア城を模したお化け屋敷は盛況のうちに幕を閉じた。文化祭が終わるとみんなで後片付けを行い、明日の打ち上げ場所と時間を確認して解散となった。
「美琴、一緒に帰ろう」
吸血鬼の衣装を脱いで、メイクも落とした竜生くんがそう声をかけてくれた。嬉しいのに上手く笑えない。それはきっと、礼人のあの今にも泣き出しそうな笑顔を思い出すからだ。
私が「困る」と言ってはいけない言葉を口にしたあと、礼人は「だよなー、困るよなぁ?」と私に同意をした。それからはいつもの礼人だった。それは、さっき告白されたよね?、と疑ってしまいそうなほどにいつも通りの礼人だった。
そして警備巡回が終わる頃、「困ると思うけど、知っておいて。俺、美琴のことが好きなんだ」と泣き出しそうな笑顔で告げたのだ。
知っておいて。それが礼人の唯一の望みなのかな。私は礼人にいじらしさを感じた。そんなことが唯一の望みなら、それを叶えてあげるぐらい許されるのでないか。礼人の気持ちを知っておくこと、それは罪ではないでしょう?
「どした?午後ぐらいから元気ないなーと思ってたんだけど。疲れた?」
校門を出た辺りで竜生くんは私を心配する言葉と共に、腰を折って顔を覗き込んだ。「大丈夫だよ!」と元気良くにこりと笑ったはずなのに、竜生くんは納得していないことを表すように、眉を顰めた。
「そ?俺の勘違いかな?元気ならいいんだ」
竜生くんはやっぱり私よりずっと大人だ。気持ちを誤魔化してるな、と気づきながら、私が言いたくなさそうなことを理解して、深く追求してこない。きっと私が竜生くんに助けを求めたら、全力で話を聞いてくれて、力になってくれるだろう。だけど、私は言えない。
無理にでも言わせようとしつこく聞いてくれたなら、私は打ち明けてしまうだろう。そしてこの苦しさを竜生くんにも背負ってもらうの?そうしてほしいような……いやいや、それはあまりにも身勝手だ。やっぱり言うべきじゃないな。
私は礼人のことを考えたくない一心で、竜生くんとの会話が途切れないように一生懸命だった。
「明日の打ち上げ行くよね?」
「うーん……俺カラオケ苦手なんだよね」
竜生くんにも苦手なことってあったんだ、と一番最初に驚きがきた。しかもカラオケが苦手って……かわいすぎるじゃん。
「まぁ、歌わなくてもいいんじゃん?」
「かなぁ?なら行こうかな。美琴も行くよな?」
竜生くんの問いかけに「うん!」と勢いよく頷いた。私の満面の笑みを見て、竜生くんは安心したように微笑む。心配してくれてたんだなぁ……。竜生くんに余計な心配も無用な不安も与えたくない。
告白に対しての返事はいらなさそうだったけど、竜生くんと私のために「気持ちに応えることはできない」と礼人に伝えさせてもらおう。私はそう決意して竜生くんと別れた。