教室内から聞こえてくる悲鳴こそが、一番恐怖心を煽ると思う。どういった仕掛けがされているか知っている私でさえゾッとするのだ。列に並んで順番を待っているお客さんはその比ではないだろう。
 
 受付をしていると、順番待ちの列の中に見知った顔を見つけた。
 「やほー、来たよー」と相変わらずの緩い声に「来てくれたんだ」と返す。

「悲鳴すごいね……俺大丈夫かなぁ?」

 不安な気持ちを漏らした礼人に私は「大丈夫じゃないかもねぇ」と率直に告げた。
 礼人の怖がりは今に始まったことではない。小学5年生の自然学校で肝試しをしたときも、誰よりもギャーギャー騒いでいたことを覚えている。その姿を見た礼人のことを好きだった女子が「礼人くん……私より怖がってたね」と引き攣った顔をしていたことも忘れていない。

「2人ずつの入場になるんだけど、どうします?」

 礼人と一緒に並んでいた男子たちに向けてそう声をかけた。2人入場は、狭い通路で怪我をしないための配慮であった。
 礼人たちは5人で来ていたので、必然的に一人余る計算だ。一人で入れるならそれでいいし、無理なら列の前後で同じように余った人と入ってもいい。または受付係か宣伝係の手が空いている人と入ってもいいことにしていた。ちなみに竜生くんをそれに含めると指名続きで混乱しそうなので、除外されている。

「俺は絶対に一人はいやだ!」
「俺だって嫌だわ!」

 いの一番に声を上げたのは、案の定礼人であった。しかし友達たちも口々に「一人は嫌だ」と続ける。

「あ!礼人、お前この子と入れよ」

 不躾に指でさされて思わず顔を顰めた。私の表情に気づいていないのか、気づいていても気にすらしていないのか、礼人を除く4人がその案に諸手を挙げて賛成している。
 こうなってしまえば断る道理などなかった。そもそも、それはクラスで決めたルールに則っているし、断る理由などないのだけれど……だけど!私もお化けの類は大の苦手なのだ。礼人と私のペアでお化け屋敷だなんて、先が思いやられすぎて頭が痛くなってきた。

「え……俺はいいけど、美琴大丈夫なのかよ」

 大丈夫ではない。大丈夫ではないけれど、仕方のないことだ。私が「大丈夫だよ」と返事をしようとしたとき、「俺が一緒に入るよ」と竜生くんの声がそれを遮った。

「え、竜生くんはダメじゃん」

 それはみんなで決めたことだ。

「でも、俺と森脇くんは友達だし、特別。な?」
「えー、絶対嫌なんですけどー。それなら一人で入るー」

 礼人はそう言うけど、途中で立ち止まって戻ることも進むこともできなくなりそうだ。それはそれでみんなに迷惑がかかりそうだから、一人ではやめてほしい。
 困った私は金沢くんに助けを求めたいけれど、彼は生憎休憩中で不在だ。そうこうしてる間に礼人の友達のグループが1組、扉をくぐってお化け屋敷に入っていった。うだうだと悩んでいる暇は無さそうだ。

「じゃあ、わたしと入ろっ!」

 と声を上げたのは、礼人の後ろに並んでいた清田さんだった。「ね、いいでしょ?」と礼人の腕に自分の腕を回す。礼人も「え、いいのー?」と満更でもなさそうだ。……これがモテる女の子の技かぁ、と私は感心してしまった。今度さりげなく竜生くんにしてみようかな、と竜生くんの方を見れば、もう興味をなくしてしまったのか明後日の方向を見ている。
 とりあえず助かった!と私は胸を撫で下ろした。

「それではいってらっしゃいませ」

 腕を組んだままの二人を見送る。既にお化け屋敷から出てきていた礼人の友達は「こんなことなら俺が一人で入るって言えばよかった!」と悔しそうだ。



 通常より少し時間をかけて出口まで辿り着いた礼人と清田さんは、入ったときよりもさらに腕を絡ませていた。それ付き合ってる人たちの距離感じゃん!とギョッとする。異性と触れ合うことに慣れてる人たち怖いよー、と、これは甚だしい偏見。だけど、私には理解し難いことだった。
 やっぱり礼人も男の子なんだねぇ、と幼馴染の男の部分をまざまざと見せつけられて、なんだか気恥ずかしい。

「わたし、友達のこと待ってるから。礼人くん、ありがとぉ」
「いやいや、俺の方こそありがとぉ」

 楽しかったよ、なんて、今にもキスしちゃいそうな甘い雰囲気なんですけど!?受付しなきゃなのに、そっちばっかり気になっちゃうわ!!

「礼人くんのクラスにも顔出すね」
「待ってるぅ」

 はいはい、目のやり場に困るので、終わったら速やかに帰ってくださーい。私はにこやかに受付をしながら、心の中で毒を吐いた。