朝夕は涼しくなってきたが、昼はまだまだ夏の名残を感じる暑さだ。体育祭本番の今日も良いのか悪いのか、ジリジリとした太陽が照りつけていた。
 
 8時30分からの開会式を皮切りに始まった体育祭は、100メートル走、障害物競走、綱引き、組体操を終え、次はクラブ対抗リレーが始まるところだ。
 ちなみに100メートル走に出場した竜生くんは見事一位を取っていた。帰ってきた竜生くんに「おめでとう!」と駆け寄れば、「組み合わせがラッキーだったね」と爽やかな笑顔で謙遜が入り、「次の部活別リレーも頑張るよ」と力強いお言葉。
 「楽しみにしてるね!」と言ったのは心の底からの言葉だ。走る姿を拝めることはもちろん、クラブ対抗リレーはユニフォーム姿で走ることになっているので、それがなによりも楽しみなのだ。
 バスケ部ユニフォームに身を包んだ竜生くんを見るのは今回が初めてだ。私は今か今かと入場を待ち侘びていた。

「それでは選手たちの入場です!」

 放送部のアナウンスが響く。
 あ、きた、バスケ部。オレンジ色のタンクトップ型のユニフォームが、普段決して目にすることなどできない二の腕を露わにしていた。これはけしからん、と私は憤る。そもそも竜生くんは体質的に、筋や骨が目立ちやすい骨格をしている。その魅力が、タンクトップから出た腕から存分に発揮されてしまっているのだ。
 えぇ、私だけが見たかった……だなんて、しょうもない独占欲だと思う。そもそもバスケの試合ではユニフォームを着ているのだから、私だけが……なんて今さらな願いなのである。

 私が竜生くんを邪な気持ちで凝視していると、横に座った亜美ちゃんが「見過ぎ」と苦笑いをこぼした。だって、だって、なんだもん。
 かっこよすぎるのが悪いよね、と返そうとした言葉は、「きゃあ」と発せられた悲鳴にも似た歓声に掻き消された。
 誰に宛てた歓声だろ?と視線を動かせば、剣道部が目に入る。紺色の道着は確かに強そうだし、かっこいいよね。

「急に森脇くんブームがきてるみたいよ?」

 亜美ちゃんはこっそりと私に耳打ちをした。森脇くんブーム?森脇、礼人??

「え、そうなの?」
「まぁ、洗井くんに彼女ができたからってことじゃない?」

 そう言った亜美ちゃんの顔は呆れていた。
 ん?ということは、さっきの歓声は礼人に対してなのか。昔からモテていたので、さして不思議には思わない。顔はいいからね、顔は。

 「森脇くーん」と高い声が礼人を呼ぶ。礼人は照れたようにそちらに手を振り返していた。なんだかその顔が知らない人みたいだった。


 結局クラブ対抗リレーは陸上部が優勝した。こんなん茶番じゃん、と思わなくもないがバスケ部、野球部、サッカー部辺りは健闘していたと思う。特にバスケ部は竜生くんのおかげでかなりいい線いってたと思うんだよなー、と、これは贔屓だ。
 
 その後に3年生による騎馬戦が行われ、それが終わると昼休みに突入した。
 私が友達と喋りながら階段を上がっていると、後ろから楽しそうな男女数人の話し声が聞こえる。どんどん近づいてくる声が、見知った人物のそれだと気づいた。私はくるりと振り返り顔を確認する。

「あ、おつかれー!クラブ対抗リレーすごかったね」

 思った通りの人物に発した、この、すごかったね、は走りに対してではなく、入場時の黄色い歓声に対するものだ。

「おー、おつかれぇ。え?そうかぁ?俺より美琴の彼氏のがすごかったじゃん」

 どうやら礼人は真意に気づいていないらしく、訝しげに眉を顰めた。

 「美琴はなに出んの?」と、礼人はどうやら私と話を続けるらしかった。だけど、礼人と同じクラスの女の子たちの視線が痛いほど刺さっていることに気づく。あんた礼人のなんなのさ?とでも言いたげである。確かに、今この女子たちにしてみれば、私って敵でしかないだろうなぁ。
 無用なやっかみはごめんだと、「玉入れと応援合戦」と手短に答え「じゃ、こっちだから!」とそそくさと別れる。「それどっちも全員参加のやつじゃん!」という礼人のツッコミが廊下に虚しく落とされた。


 「めっちゃ睨まれてたじゃん」と教室に着くなり佳穂が私に絡む。佳穂も先程の2組の女子たちから発せられた嫌なひりつきを感じとっていたみたいだ。

「まぁ……でもあの子たちの気持ちもわかる」

 きっとあの中の誰かが礼人のことを好きなのだろう。突然現れた好きな人と親しげに話す女。そんなの敵でしかないじゃんねぇ。だけど睨むことはないじゃん、とも思う。

「そう?てかさ、美琴って森脇くんと知り合いだったんだ?同中だっけね?」
「同中ってゆうか、幼稚園からの幼馴染」

 ね、と唯一私と礼人が幼馴染だということを知っている亜美ちゃんを同意を求めるように見た。

「え!!知らなかったんだけど!」

 と、佳穂とさくらちゃんの声が響く。「まぁ、言ってなかったからね」と私。だって、あの子と幼馴染なんだー、ってわざわざ言うことか?って話だ。

「まぁ、そりゃあ、睨まれるわ」
「うん、残念だけど、睨まれるわ」

 先程まで私に同情的だった佳穂とさくらちゃんが、仕方ないよ、という風に私の肩を叩く。

「えぇ?なんでよ!?おかしいよね?亜美ちゃぁん」

 納得がいかないと、私はこの場で唯一の味方である亜美ちゃんに縋った。「睨まれるのは嫌だね」と、思った通り同意してくれる亜美ちゃん、天使!!

「だって、洗井くんの彼女なだけでやっかみ対象なのに、その上森脇くんと幼馴染って!」
「同情するわ……」

 憐れみの目を向けないでください。礼人は置いておいて、しょうもないやっかみを向けられるぐらいで竜生くんと付き合えるなら安い物だ、と私は思う。

「なに?俺の話してた?」

 思わぬタイミングで急に現れた竜生くんに、私を含めた4人は驚いて息を止める。私たちのその様子に「あ、ごめん。すっごいびっくりさせたね」と気まずそうに謝った竜生くんに、「ぜーんぜん!」と佳穂とさくらちゃんが返した。

「ほんとごめん。あと、美琴に用があって……昼一緒に食べない?」

 私が返事をする前に「どーぞどーぞ、お好きなように」と佳穂とさくらちゃんが私の背中を押す。ほんといったいなんなんだ、と2人の私への扱いに笑ってしまう。
 「じゃあ、行ってくるね」とおにぎりとお茶を持って竜生くんの後をついて行く。体育祭はいつもより昼休みが
10分短くなっていた。そのためお昼ごはんは、さっと食べられるおにぎりをお母さんにお願いして作ってもらったのだ。

「ね、どこ行くの?」
「ん?部室」

 そう答えた竜生くんはポケットから出した鍵を、私に見えるように軽く揺らした。
 用ってなに?それは聞かなくてもわかっている。