とにかく、そんなこんなで今日、私はいつも以上に緊張していた。手土産を持ちながらインターホンを押す手が震える。
 「はい。すぐに開ける」と聞こえてきたのが竜生くんの声だったことに、どれほど安心したか。安心しすぎて泣いてしまいそうなほどだ。

 「いらっしゃい」と出迎えてくれた竜生くんはいつもの笑顔だ。私が意を決して「お邪魔します」と言えば、リビングの扉からひょこりと顔を出したのは竜生くんのご両親だった。
 
「いらっしゃい」
「いらっしゃい!会えるのを楽しみにしてたの」

 竜生くんのお父さんもお母さんも優しい笑顔で出迎えてくれて、私はそれだけで心底安堵した。

「はじめまして。あの、竜生くんとお付き合いさせていただいている、明石美琴です。よろしくお願いします」

 若干の面接感は否めないが、はっきりと伝えることができたのではないかと思う。

「はい。よろしくお願いします」

 声を揃えてご両親が深々とお辞儀をしてくれたのが、とても印象的だった。「さ、上がって上がって」とお母さんの明るい声が私の心を軽くする。その流れで母からの伝言を伝え、手土産を渡すことに成功した。

 通されたリビングで案内された椅子に座って、ソワソワと落ち着かない私を見た竜生くんが「いつもの美琴で大丈夫だよ」と寄り添ってくれたけれど、いつもの私が思い出せないのだ。生憎。
 
 出された紅茶に口をつけ、ほぅと一息つく頃には、ご両親の顔を見て話せるまでには落ち着くことができた。あ、竜生くんはお母さんに似てるんだなぁ。
 よくよく見れば、顔のパーツは全てお父さん似だと思う。だけど、竜生くんとお母さんは骨格と雰囲気がよく似ていた。凛とした、冬のような澄んだ空気を纏っているのだ。誰にも汚すことはできない、気高い雰囲気だ。


 幼少期の竜生くんの話や、私と竜生くんの高校生活のことを話してすっかりと打ち解けたと思った頃に、突然爆弾が投下された。

「ね、美琴ちゃんは竜生が吸血鬼の末裔だってことは知ってるのよね?」

 私と竜生くんの時が止まった。なんと言っていいのか私では判断ができないと、チラリと横に座る竜生くんを見れば、呆れたようなため息を吐いた。

「それ、説明しただろ。彼女には言ってあるし、理解してくれてる」

 今まで聞いたことのない、棘が含まれたような声色だった。これ以上は詮索するな、という強い意思を感じたのは気のせいではないはずだ。

「まぁ、母さんも心配なんだよ」
「そうよぉ。もちろん竜生じゃなくて、美琴ちゃんのことよ。なにかあればすぐに言ってきてね。力になれると思うから」

 なにかとは一体なんなのだろうか……。今のところの悩みといえば、竜生くんが吸血する部位が際どいということと、吸血されると頭がおかしくなりそうなほど気持ちよくなってしまうということだけだ。だけど、……これはさすがに言えないです。
 これ以上その場面を思い出せば、誤魔化せないほど赤面してしまいそうだったので、すぐに考えることをやめた。

「はい!ありがとうございます。嬉しいです」
「はい、じゃあこの話はおしまいね。俺ら夏休みの宿題するから。美琴、部屋行こ」

 私の言葉が終わるや否や、竜生くんはさっさと切り上げて椅子から立ち上がった。え、こんな感じで終わっていいの?と心配する私をよそに、腕を掴んだ竜生くんは私を立ち上がらせる。

「はいはい。お勉強がんばってね」
「美琴ちゃん、帰りは僕が車で送るからね!」

 こんなトゲトゲした竜生くんに慣れているのか、竜生くんのお母さんは気にも止めず、笑顔で手を振ってくれた。お父さんに至っては、帰りのことまで考えてくれている。

「わ、ありがとうございます!勉強頑張ります!」

 それだけはなんとか言えた。



 部屋に入ると、竜生くんは「疲れた」とベッドに横になった。なんだか、今日は新しい竜生くんをたくさん知れて、とてもラッキーな気分。

「竜生くんもあんな風な態度とるんだねぇ」

 と少し茶化せば、「俺も普通の男子高校生ですから」と枕に埋めていた顔を私に向けた。あ、かわいい。

「今日、ありがとな。次は俺が美琴のご両親に挨拶するから」

 真面目だなぁ、と思う。だけど、とても嬉しい。こんなの、私のこと好きなのかな、って勘違いしそうになるよ。
 「うん。……ありがと」と言うと、竜生くんが優しく目を細める。好きだなぁ。
 「よし、宿題終わらせるか!」と元気良く起き上がった竜生くんが、ご褒美だよとでも言うかのように、おでこに唇を落としてくれた。