気がつけばお盆も過ぎて、夏休みも終盤にさしかかっていた。
 私と竜生くんはあれからほぼ毎日電話をし、日曜日にはデートをした。しかも2回もだ。ぎこちなかった呼び方も、今ではすんなりと呼び合える仲になった。
 1回目の水族館デートも、2回目の繁華街での食べ歩きデートも、最高に楽しくて幸せな時間だった。手を繋いで歩く、食べ物をシェアする、2人で笑い合う。そして触れ合うだけのキスをする。もうこの世の幸せが凝縮されたような時間だった。
 それから、デートの最後のお約束になりつつある吸血行為。なりつつあるというか、もうなってると言った方が正しいのかもしれないけれど。

 竜生くんは毎回吸血部位を変えて血を吸うことがわかった。「場所で血の味が違うの?」と聞けば、「まさか!」と可笑しそうに笑って否定をした。私のその考えが斬新だということらしいけれど、私は真剣に、それ以外の理由で毎回場所を変える意味に見当がつかなかった。
 「一応ね。毎回同じ場所にして、万が一でも美琴に痕が残ったら嫌だろ」と恥ずかしそうに言った竜生くん。それは私への配慮だったのか、と嬉しく思ったのは紛れもない本心だ。だけど一方で、消えない痕を残される行為にたまらなく憧れを抱いた。
 竜生くんがいずれ私の元から去って行くのなら、一生残る傷跡がほしい。なんて、退廃的な考えだと思う。自傷行為に竜生くんを利用していいはずなどないのだ。



 首筋、そして指先の次は二の腕だった。きっとノースリーブを着ていたので行為がしやすかったのだろう。そして4回目は脇腹だった。
 デートの後に寄った竜生くんの部屋で、服を捲られ脇腹を舐められたときは羞恥に耐えられなくて、力の入らない手で竜生くんの髪を思わず握ってしまった。竜生くんは痛くなかったみたいで、ホッとしたことを覚えている。
 だけど、恥ずかしい私の気持ちもわかってほしい。キスはしているとは言え、本当に唇を軽く合わせるだけの、挨拶のようなキスなのだ。それなのに、身体はエッチの前にするような濃厚な触れ合いをしているのだから、頭がおかしくなってしまう。確実に私のレベルに見合っていない。


 そして、今日、夏休み最後の日曜日。私は竜生くんの家に、まだ終わっていない数学の宿題を持ってお邪魔することになっていた。
 そうなると嫌でも考えてしまうのが、次はどこを吸うの!?ということだ。もしかして下半身……いや、ないない。昨日の夜に考えて考えて考えて訳が分からなくなって、今考えても仕方ないから、と思考を放棄したはずなのに。それなのに、朝起きた瞬間からまた考えているのだ。こんなことで苦手な数学の宿題ができるのか?という話だ。
 そしてあと一つ緊張していることがある。今日は竜生くんのご両親が家にいらっしゃるのだ。


 お仕事をされているので平日は帰宅が遅いらしい。土日がお休みのようだが、「いまだに、ラブラブなのー、とか言って、日曜日は2人でデート行ってる」と以前に竜生くんが教えてくれた。なので、今までお邪魔していたのはご両親不在時だったのだ。
 今さらだけど、不在時に家に上がってたってどうなんだろう……心象最悪じゃない?
 「その日は親がいるから」と告げられた電話中に、そんなことにやっと気づき、途端に背筋が寒くなる。
 「私、今までご挨拶もせずに勝手に家に上がって、最低なことしてたね」と暗い声でこぼせば、「大丈夫。今までも彼女が来るってことは伝えてたから、親は知ってる」と竜生くんから救いの言葉。抜け目ないなぁ、さすがである。
 「美琴に会えるの楽しみにしてたよ」と言われて私は一気に心を持ち直した。そしてふと疑問が湧く。

「あれ?竜生くんが吸血鬼の末裔ってことは、ご両親も……?」
「あぁ。母親がね」

 あ、やっぱりそうなんだ。

「竜生くんが身体のことで悩んだり、何か心配なときに、お母さんがそばに居てくれると心強いね」
「……美琴って、すごいよね」

 私の言葉に竜生くんは優しい声を出した。今の会話の中で、私のすごさを見せつけたところはなかったと思うのだけれど。
 「え?私すごかった?」と疑問を素直にぶつけた私に竜生くんは、「うん。すごかった。なんでそんなにすんなり受け入れられるんだよ」と嬉しそうに笑う。竜生くんが嬉しそうだと私まで嬉しい。

「だからー、全部受け止めたいって言ったじゃん。嘘じゃないんだから」

 と私が照れを隠すように拗ねた口調で喋れば、「うん。嘘だなんて思ってないよ、信じてる」なんて、大人な対応をした竜生くんが格好良くて、なんだか悔しかった。

 電話を切ったあと、私もお母さんに言っておくか、と「今度の日曜日、彼氏んち言ってくるね」とさらりと告げれば、目玉が落ちてきそうなぐらい驚いていた。そりゃあ、惚れた腫れたとは無関係だと思っていた娘の口からそんな言葉が出てくれば、そうなるだろうとは思う。そしてお母さんは超特急で手土産を用意し、「あちらのお母様と一度お電話したいから、その旨を伝えておいてくれる?」と中々の形相で念押ししてきたのである。
 その迫力に、高校生カップルが家に行くということは思っていたよりも大事だぞ、と怖くなり、「家にお邪魔することは今回が初めてじゃないの」とは言えなかったのだ。ごめん、お母さん……!竜生くんのお母さんと電話する前には改めて伝えるので…!!